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2017年7月21日 (金)

唯の人

7月21日、明日から夏休みの学校も多いんだが、私のところは25日からになっている。

・・で(10年目)街頭に立ちながら、毎朝200回以上のスクワットを繰り返してきた。

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それでどうやら、唯の旗振り叔父さんから、スクワットのおじさんになりつつある様である。

とは言えこの暑さの中、田越えのそよ風があるにしても、Tシャツは汗びっしょりになる。

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そのスクワットのおじさんとの「お早う」の挨拶も、来週から暫くお休みになる訳だ。

それはそれ子供達にとって何よりの喜びだが、オジサンはスクワットの機会を逸するのだ。

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それはさておき、子供達に学年はあっても肩書なんぞはなくて、全身で子供をやっている。

生のままの「一個の私」を演じているのが小学生で、中学に入ると少し「恰好」をつける様になる。

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スポーツや勉強、ピアノや水泳が出来るとか、美人だとかイケメンだとかを意識するんだ。

時代は進化しても競争社会であることに変わりなく、彼らもやがてその渦中に呑まれていく。

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そして○×大学卒とか△◇社員、・・係長、何とか課長などと肩書を励みに生きる様になる。

凡庸な私も同様で、なんとこの50有余年その肩書の下で生きてきたのである。

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人間と言うのは不思議なもので、間違いなく「立場が人を創る」という要素があって、

振り返ってみれば、不肖この私も様々なと言うか、過分な役割を演じてきたと思っている。

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そうした肩書や役割をほぼ終えた今日、やっと生身の自分(小学生)に戻って生きている。

考えてみれば、もともと何物でもなかった訳で、ただのスクワット叔父さんなのである。

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そんな「唯の人」を俯瞰しながら、このひとり一人の子供達の行く末を思っている。

勿論50年のタームが残された彼らには無限の可能性がある訳で、だからこそ人生は面白いのだが、彼らにはそんなことは知る由もない。

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それにしても、地位も肩書も何もない唯の人の気楽さも中々快適で、これはこれで長生き出来そうである。

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