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2017年7月22日 (土)

山巓に立つ

「どの下り道をとるかと言うことは、山巓に立って初めて分かるものだ」と森信三先生は言う。

しかしながら不肖が故に、70年近く生きてきて何処が山巓な(だった)のか、未だに分からないでいる。

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と言うよりも、人生の山巓はまだまだ先のことで、故に下り道が見えないのだと思いたい。

実は今日,20回目になる人生を学ぶ勉強会があって、「人間(的威)力」と言うか「内面に弾力のある人格」なんて議論をしたのである。

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今更「大志大望」をなぞと考える訳ではないが、そもそも人間は自分の望むようにしか生きられないのである。

ならば、年齢なぞ関係無く、山巓を目指してあくなき挑戦をするのみではないか。

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現実にそう生きようと努めているし、「今」をこそ大切にと思い定めている。

ところで相田光男の言葉に「そのうち、そのうち、べんかいしながら、日がくれる」とある。

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事実、暇が出来たら・・、仕事が終わったら・・、金が貯まったら・・子供がなどと、

人生には幾つもの関があって、常にやりたいことをやってきた訳じゃない。

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だけど古希を迎える今日、かつての弁解理由はあらかた消え失せて、私の前には遥かなる草原が広がっている。

そして今来たこの道は、既に引き返す事なんて出来ないのである。

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人の寿命は、天がその人に与えた使命を果たすだけは与えるものだという。

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果たして私に与えられた使命とは、これまでやってきたことが全てであったのかどうか?

いやさ、これまでは序の口で、これから人生の本番が始まるのではないかとすら思う。

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いわんや、我が山巓(ちん)は過去のものではあるまいと思う。

しかして人生は二度なし、今この時だってその一回きりのマラソンを必死で走っている。

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そうしてこのマラソンは、如何に楽しむかという競争で、結構面白いと思っている。

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コメント

こんにちは。
昨日の勉強会でお話ししたように
毎日10分でも本を読むことを私の日課にしようと決めました。
時間がなくて読む時間がなかった!なんて言い訳ですよね。

そのうち
そのうち
べんかいしながら
日がくれる・・・

投稿: さくら | 2017年7月23日 (日) 11時19分

さくらさん、出来れば良い本を読みたいですね。実は人間は習慣の動物で、人間に差が出来るのは習慣の違いなんですね。
 私ももっと早くそんな人生の機微が分かっていれば、少しはましな男になっていたんでしょうがね。何時起きてから始まる自分の人生の習慣・・・そいつを今も考えています。
              山草人

投稿: 山草人 | 2017年7月23日 (日) 21時03分

お世話になりました。

「そのうち」は、今の自分の心情ぴったりの
言葉でした。時間も命も限りがあるんですよね。今何をすべきか、改めて考える機会になりました。

また、山草人さんは毎日走られているとのこと。刺激をいただき、勉強会以来毎日走っています。

投稿: 片山 | 2017年7月26日 (水) 14時14分

それは、それは即座に行動に移すとは、流石片山さんですね。この暑い夏も、心頭滅却すれば火もまた涼しで、あの汗をたっぷりかいた後の涼やかさには、その極意すら分かる気がします。
 言うまでもなく」命短し・・」ですから、何につけ行動に移そうと思っていますが、それでも躊躇することがあって・・・、人間の弱さかなぁ。
              山草人

投稿: 山草人 | 2017年7月27日 (木) 15時23分

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