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2017年8月 4日 (金)

私と文章

文章の面白さを覚えたのは、はっきり思い出せないが中学生の頃だったと思う。

学校の図書室から本を借り、冒険ものを中心に次から次へとワクワクと読んだものだ。

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本の中には自分の知らない世界がある訳で、その世界に入り込むのが快かったのだ。

やがて自分で書けないかと思う様になって、ノートにスケルトンを作って書き始めたのだが、

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その中身の心もとなさに数か月で放棄することになった。

だけど書いていると、その言葉の先から新しい発見があったりして、「あぁ〜書くってことは自分を発見することだ」と思った。

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仕事に就いてから、何故か企画部門に籍を置くことが続いて、当然ながら「書く」ことが仕事になった。

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書くとは、まず先に何を表現するのか明確なコンセプト(思想かな)が必要な訳で、

その時代や社会の動き、人々のニーズなどに敏感になって、それが私の土台になった。

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思えば立場を変えたりして、書くということで様々な自身の主張をモノにしてきたと思う。

しかしそれは社会的なことで、自分の意見を公にし始めたのは40歳を過ぎたあたりだった。

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職場の先輩が「農の風景」誌を発行することになって、その編集局長務めたことが契機だ。

隔月に発行したその同人誌は、全国に数百人の読者を得て、その後20年余続いたのだ。

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自身の生の考えを文章を公にするってことは、少しばかりの覚悟がいる。

冒頭に書いた様に、明確なコンセプトとは正に自身の哲学であって、言うならば自分を丸裸にする作業だ。

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以来裸になるのが平気になって、本を出したり新聞に連載したりと、結構恥も書いてきた。

このブログもその延長線上にある訳で、この書き込みで4,103日目になる。

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アクセスカウンターには、この間に74万余の閲覧が記録されているのだが、私が毎日書くことで何がしかの影響があるのかどうか?

先日お会いしたU野さんが、「毎日、同じ様なことを書いて・・」と仰っていたが、

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書き手は唯の一人だからそうかも知れないと思いつつ、「俺だって日々変わっているんだぜ」って心していた。

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