« 自在であれかし | トップページ | 時間の錯覚 »

2017年8月16日 (水)

心臓に感謝

毎月の勉強会でご一緒するXさんが、医者から余命1年と宣告されたとおっしゃっていた。

それで自慢だったオープンカーも売り払うなど身辺整理を進め、ワゴンカーを買って夫婦旅に出ている。

Img_0518

命のあるうちに、これまで行けなかった所を夫婦と犬一匹で辿るのだと言う。

見かけたところ健康そのもので俄かには信じ難いのだが、本人は真剣そのものである。

Img_0519

しかしながら、私達だって余命X年のはずなのに、そのXさんの行動を他人事と思っている。

胸に手を当てれば、ドックン、ドックンと力強い心臓の動きを感じるし、こいつが止まるなんて絶対有り得ないと思っている。

Img_0520

考えてみれば、心臓は生まれてからこの方(生まれる前から)動き続けて、もう30億回超動いている。

私の場合、人前に立ったり走ったり、緊張するシチュエーションが多くて酷使してきたから、もう相当に使い古している筈だ。

Img_0521

そうして、この心臓が止まる(心肺停止する)と、人間は「死」と判定されるのである。

ともあれ、何時まで働いてくれるのか分からないが、この心臓には感謝しなければなるまい。

Img_0522

ところで今朝は、ブドウの収穫を終える頃からかなりの降雨となった。

山に向かうべきかどうかと思案していると、Nさんからメールがあって既に7台も車があるという。

Img_0523

それで押っ取り刀で山に向かい、降り続く雨の中を2時間ばかり走ってきた。

流石に雨の中での着換えは辛いが、走り始めてしまえばむしろ心地良い雨であった。

Img_0529

人間は不思議なもので、こんな日にも自分の心臓を意識することは無い。

そう・・危急存亡の時、人生の重要な刹那に始めて自分に心臓があったと意識するのだ。

Img_0530

余命X年の今日、時々は胸に手を当てて、この心音をとくと味わわねばなるまいと思った。

|

« 自在であれかし | トップページ | 時間の錯覚 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/65671662

この記事へのトラックバック一覧です: 心臓に感謝:

« 自在であれかし | トップページ | 時間の錯覚 »