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2017年9月21日 (木)

人生の値打ち

何を今更、この期に及んで既に手遅れ、笑止千万だとお思いあるな。

至極真面目に「人生の値打ち」なんてことを、古希を迎えようとする歳になって考えている。

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勉強して結婚して子どを育てて、それなりに人並みに仕事をして、今日ここに至っている。

その生き様のどこに価値を見出せばよいのかと思いつつ、人生とは一日一日と老いて行く過程以外の何物でもないとも思う。

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簡単に言うと、人生とはすなわち老いること(如何に老いるか)なのである。

今月で94歳になる私の母親が、毎日暑い最中も黙々と畑の草を取っている。

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そう、彼女の生甲斐は、草を取ることと日記を書くこと、それに健康管理である。

世間一般には、肉体が老いて衰えれば人生の価値がなくなるように思われるが、果たしてそうだろうか?

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新聞各紙を私よりも丹念に読み、社会問題だって一定の意見を持ってしっかり生きている。

私はその母親を見ながら「人生の価値って、懸命なんじゃないか」って思う。

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○×社の何とか部長を経験したとか、議員や市長をやったから価値があるってんじゃなく、

自らの心中にどんな火を灯し続けたか・・・つまり、人生の価値は精神にあるんだろうな。

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前向きな自分の気持ちに忠実であること、目標に向かって無心で進むってことが大事さ。

人生ったって、毎日多くの人が生まれて死んでいく訳で、一人の人が生きるのも自然現象の一部でしかない。

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他の動植と同じように生死するのに、人間だけが特別だって思っている。

私達の人生に、そういう自然界の法則からすれば、特段の意味なんて有る訳がない。

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只唯一人間には精神(気持ち)ってものがあって、そう・・好きとか嫌いとか、自分はこう生きるって方向性もそうだ。

そいつを大切にしながら、精一杯生き抜くって姿勢にこそ価値があるんじゃないかなぁ〜。

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私も、望むらくは残り10年、そんな心持ちで生きられたら十分満足だと思っている。

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