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2017年10月16日 (月)

道聴塗説

近頃思うことは、70年生きてきて、一体全体自分は何を知っているのだろうかと言うことだ。

論語に「汝に、これを知ることを教えんか。・・知らざるを知らずと為せ。是れ知るなり」とある。

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振り返ってみれば、私なぞもこの半生は「知ったかぶり」で通してきたのではないかと反省する。

世は情報化時代であって、目に見え無い情報が無尽蔵に飛び交っている。

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みんな誰かが企図して作った情報なのであって、自分が考え出した情報ははなはだ少ない。

所詮情報通などと言われても、その大半は耳かじり聞きかじりなのであって、

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仲間通しの会話を聞きながらも、何時の間にかその才人の言葉を疑っている自分がいる。

いやさ自分自身からして、しゃべっている言葉のどこまでが自分の言葉なのかと考える。

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大抵はテレビや週刊誌、或は新聞で読んだ情報を、如何にも自分の意見のごとく言っていやしないか。

考えてみると、大抵の人は知らないくせに、知ったかぶりをしているのである。

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まぁ大抵は時間つぶしの会話だから、それはそれで平和だとは思うが、如何にも薄っぺらではある。

普段から自分で物事を考える習慣を身につけた人が、この世の中にどれ程存在するのだろうか。

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今選挙の真っ最中で、それぞれの候補者が喉を枯らしているのだが、それだってどれだけ彼ら自身が物事を考えているのか疑ってしまう。

それは、如何に一票につながるかは真剣に考えているにしても、その中身や如何となると?

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かほどに考えることは難しく、更に自分を創るってことの困難さは推して知るべしだろう。

荀子の言葉に「小人の学は、耳より入れば口より出づ、口耳の間は僅かに四寸のみ」とある。

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物事を本当に知るとは、かほどに本当に難しい。

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