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2017年10月 5日 (木)

上杉鷹山と蔵王

両者には直接的に何の関係もないのだろうが、熊野岳山頂に立って山形を見下ろしつつ思ったことを書こう。

それはやはり、ケネディやクリントン大統領をして「最も尊敬できる日本人」と言わしめた、あの上杉鷹山公のことである。

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鷹山は、僅か2万7千石の日向は高鍋藩から、米沢藩の婿養子に入った。

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時は江戸中期で、ようやく貨幣経済が盛んになり、米依存の藩財政は正に逼迫していた。

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その藩財政と地域の窮状を救うのが、鷹山公一代の仕事になった。

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何事も保守的な江戸時代にあって、古くからの慣行を次々と打破していくのだが、当然ながら既得権益との葛藤が始まる。

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一時は藩士からも孤立すらするのだが、一切ぶれることなく、人の心に火を灯し続けるのだ。

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家の庭や生垣に実の成る木を植えさせたリ、藩備蓄米の拡充など、飢饉対策も怠りなく、享保の大飢饉にも米沢では餓死者を出さなかった。

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何よりも殖産興業(ベニバナや家内工業の振興)に努め、貧しかった米沢を次第に豊かにしていく。

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そして彼の口癖が「なせば為る 成さねば為らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」だった。

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鷹山のこの言葉、実は私が学生の頃の座右の銘にしていた言葉でもある。

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挫けそうになった時、いつもこの言葉を思い出したものだが、多分鷹山も自分に向かって語っていたのではなかろうか。

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ともあれ蔵王地蔵尊と対面した時、この地蔵と鷹山は関係があるのではないかと思った。

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建立は江戸時代のことであり、こんなに大きな地蔵様に見下ろす地域を守ってもらおうなどと、他の誰が考えたというのか?

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それに蔵王は1200年前に大噴火を起こして、今なおその荒々しい痕跡を残している。

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山を鎮め地域を興すことこそ、鷹山公の生涯の仕事だったはずだしね。

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その蔵王は今、紅葉前線を美しく裾野に広げつつある。

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コメント

楽しい旅(楽しいマラソン)良き仲間のみなさんと「とても有意義な日々」を過ごされましたね!<お疲れさま> *ところでカメラの日付??

投稿: gaku | 2017年10月 6日 (金) 08時23分

そうでしょう、gakuさん。今回も、良い旅でしたよ。マラソンも爽快だったし、初めて訪れた蔵王の温泉や紅葉、中でも仲間達と一緒ってのが最高ですね。
 ところで日付ですが、私のずぼらがばれましたかね。今夜、日付を設定し直しましたが、日付消去の方法が分からないんです。
               山草人

投稿: 山草人 | 2017年10月 6日 (金) 17時50分

ウケる!

投稿: ひろ | 2017年10月 6日 (金) 21時53分

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