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2017年10月18日 (水)

人生への責任

孔子は論語の中で「60にして耳従う。70にして心の欲する所に従えど、矩を超えず」と言っている。

70歳にもなれば、もう思うままに生きても、人の道を外れることはないと言うのである。

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それは70年も生きてくれば、色んな事件にも遭遇しているし、泣いたり笑ったり怒ったり、そりゃぁそれなりの経験をしてきた。

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だから、かなりの「大人」になっているだろうと思いきや、全然そんなことは無いのである。

依然として些細なことにカッカしたり、傷付いたり見栄をはったり、うそぶいたり嫉妬したり。

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依然として三つ子の魂のままだったりして、・・・それでも案外性強く生きてるわいって感じ。

ただ極端に悲観することもなくなったけど、けっして楽観もせずに、何とかやり抜くって生き方になっている。

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これは、孔子の生きた古代の「矩を超えず」ってことに、どこかで通じているのかも知れない。

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広津和郎が「生きると言うことは、生きる本人の問題である。だから、自分の人生に対して自分が責任を持つのだ」という意味のことを言っている。

しかし、自分の人生に対して責任を持つとは、一体どの様な生き方なんだろうか。

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確かにこれまで色々とやってきたが、それは既に過去のことであって、これからの責任如何である。

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毎日山を走り、時に冒険をし、何時もの様に畑を耕している(今日はホウレンソウを播き、極早生のタマネギを植えた)。

ナミビアでの砂漠レースに向けて、押っ取り刀で改めて英会話のレッスンを始めている。

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街頭に立って子供達を見送り、少しばかりの本を読んで少しずつ考えることに努めている。

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そうやって日々が過ぎていくのだが、これで自分の人生に責任が持てるのかどうか?

要は、何があろうとめげずに、自分の納得できる生き方をすれば良いのだろう。

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その納得のためにも、幾つかの冒険は欠かせないと思っている。

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