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2017年10月11日 (水)

凡庸の必然

世の中には、天賦の才を持って生まれてくる人(天才)がいる。

アインシュタインとか信長、或はモーツアルトやゲーテ、釈迦やキリストだって天才だったんだろう。

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そして彼らは、天才であるが故に、正にドラマチックな生涯を送ったのだ。

翻って、私の様な凡人すぎる凡庸の生き様・死に様にだって、それなりのドラマはあるんだ。

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そう思って、高が知れたことだが、精一杯の己が魂を見極めたいと努めている。

いやさ・・・、そう思う様になったのは現役を退いてからのことで、やがて訪れる死を意識し始めたってことかも知れない。

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毎朝、街頭に立って100数十人の子供達の顔を眺めている。

失礼乍ら、天才と思しき顔は分からないが、顔は人それぞれの冴えの違いを教えてくれる。

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自分の子供の頃の写真と比較すると、私は如何にも鈍くさい顔立ちをしている。

鋭敏さは微塵もなく、凡庸をもって徳とするって感じかな。

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それでも、人にはそれぞれの仕事と役割ってものがあるらしく、それを40年近く演じてきた。

そして演じる舞台が無くなって、改めてその凡庸さが露出してきたって訳だ。

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その凡人は良く言えば晴耕雨読、午前中は山を走り、午後はひたすら畑を耕して暮らしている。

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凡人の生き方は、まさに凡人たるゆえであり、またその限界でもある。

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与えられた境遇や仕事はそれぞれだけど、そんなことはどうだっていい。

結局は、凡庸に与えられたそれらを、より善く全うするだけだからね。

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とどのつまり、人は一人で生きて一人で死ぬのである。

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