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2017年10月20日 (金)

日々に楽しまざらんや

毎日のように雨が降り続いて欝々としながら、人生如何に楽しむべきかと考えている。

貝原益軒はその養生訓の中で「長生きすれば、楽しみ多く益多し」だから養生しろと言っている。

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「五十に至らず死するは、不幸短命と言うべし」とも言っいて、

さだめし今日なら60過ぎ(定年後)からがその楽しみと益を満喫すべき年頃になるのだろう。

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確かに現役時代は必死で生きるのに夢中で、人生の味わいどころか、生きることが楽しみだなんて思いもしなかった。

思えば確かに充実こそしていたが、本当に自分の人生を楽しんできたとは思えないのだ。

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人生を楽しむとは、美味いものを食って娯楽三昧をするってことじゃないだろう。

まさに自分の残りの持ち時間を意識しつつ、その時間を十分に燃やし尽くすことだ。

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このことを兼好は徒然草の中で「死を憎まば、生を愛すべし。存命の喜び、日々に楽しまざらんや。」と書いている。

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「生きている今この時を愛するなら、来る日ごとにそれを楽しむべきではないか。余計なことにかまけていては、心が満たされないだろう。」と言うのである。

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確かにその通りだが、人はとかく世事にかまけて終日(ひねもす)過ごしてしまうのが常だ。

この私とて御多聞に漏れないが、ただ少しばかり「生を愛す」る気持ちが勝っていると思う。

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だからこそ仙人の様に山を走り、畑の作物や子供達を愛で、各地のレースにも出掛ける。

何の、その内面は実に弱々しいものだが、それでも俺は今ここに生きてるぞッて気持ちではある。

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昨夜も砂漠レースをあれこれ夢想して魘されていたのだが、これもやがて楽観になるのだと思う。

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事ほど左様に楽しみを多くし、尚且つ長生きで益多くするのは容易ではないが、そこにこそ生甲斐がある。

なにぶん老いた馬だとは言え、一匹の生身の人生にまだ何が出来るのかを、常に試し続けること、それが人生を楽しむことに繋がりゃしないか。

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