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2017年12月18日 (月)

重荷を背負って

昨日は名古屋に用事が出来て、どうせならと重い荷物を背負って出かけた。

ナビブで使うリュックを、どうしても体に馴染ませなければならないと考えているからだ。

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この一か月色々と試しているのだが、どうしても腰の部分に継続的な圧力がかかって、

15kも進むと、もう神経はその痛さを回避するのに必死なる。

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とは言え実際の沙漠では、一日に40〜81kを背負い続けなければならず、それに耐えられるのかが最大の課題だ。

それで今日は、名古屋から熱田、七里の渡、桶狭間、刈谷市から安城市までの32kを東上した。

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熱田神宮の森は初めてで、織田信長が桶狭間に向かう出陣の場とした、その頃の雰囲気を(多分に)残している。

今川義元を廃した後、信長が神宮に寄進した築地塀が今も残されている。

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この熱田神宮から、歴史を変えた戦いの場、桶狭間までは10k余りだろうか。

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熱田神宮のほど近くに七里の渡が史跡として残されていて、東海道はここから桑名までを海路を渡し船で渡ったのである。

ともあれ、この辺りから腰の周りの肌は真っ赤になって、今にも擦り剥けそうになっていた。

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それを重心移動させたり、リュックを上げたり下げたりして、それでも6時間半で安城についた。

舗装道路を走ってこのていたらくだから、このままではとても250kは耐えられないだろう。

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リュックの接触部分の緩和方法をあれこれ考えながらの一日になったが、10kもの荷物を背負っての40k以上の走りの負荷は尋常では無い。

残りの4か月で、これを普通にするための体と装備が必要なのだ。

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それに走りの一歩一歩を如何に大切にするかだ。(沙漠では、とにかく前に進まねば命が危ない。)

途中ですれ違った叔母さんに、「まあ大変、お幾つですか?」と尋ねられた。

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40歳とでも答えたがったが、正直に言うと相手はリュックを持ち上げて目を丸くしていた。

随分と消耗はしたが、来週の加重ランに向けて程良い訓練となった。

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2017年12月17日 (日)

歴史好き

私は子供の頃から、昔話が好きだった。

年寄りや親父たちの話している昔(戦争も含めて)をじっと聞いていたし、ふぅん、俺もそう言う大変な時代を生きるんだと思っていた。

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中学生になると戦国時代の武将の話や歴史ドラマをむさぼるように読んだ。

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成人してからは専ら司馬遼太郎で、彼の著作のほとんどは読んだし、今でも時たま再読している。

何時の頃からか自分の思考(頭の中)も歴史的になって、何か物事が起こっても、はたまたどこかに出掛けても、歴史の中の流れとして見る様になった。

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そこに幾ばくかの過去の文学が加わったりして、同じものを見てもかなり感慨が深くなっていったと思う。

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それが古代の遺跡や城跡であったとしても、そこに暮らした人々の考えたことはさして変わっている訳じゃない。

ただ今日と違うのは、私達が石化エネルギーと科学技術を享受出来ていることだけだ。

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そしてマスコミの初達した今日、いろいろな理屈(特に政党)がこねられているが、よぉ〜く歴史を振り返ってみれば、何が正義かは自ずと見えてくる。

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だから私は、歴史が嫌いと言う人は、あまり信用しなぃことにしているのだ。

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過去の戦争にしても、軽薄短小に(風のように)振れてしまう国民性も、そもそも根無し草だからだ。

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特に戦後の教育は、日本人をかなり薄っぺら(単純な民族)にしてしまったかもしれない。

物事は須らく、縦横無尽に繋がっているのだから。

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2017年12月16日 (土)

師走の浜名湖

一日曇り予報の浜名湖には、少し肌にしみるような冷たい風が吹きつけていた。

その浜名湖を舞台に、今年も恒例の浜名湖半周忘年ランが開催されたのである。

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勿論何時もの馴染みのメンバー50人弱が集まって、今切れを臨む弁天島をスタート。

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私はバックパックに少しでも馴染むために、5kほどを背負ってのランとなった。

流石に快走と言う訳にはいかないが、昨週と同様に確実なステップを踏むことに注力した。

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それで全35kを歩くことなく走り通したのだから、良い練習になったと言うべきだろう。

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途中の舘山寺港では、ストーブに当たりながらの交々の昼食、これも恒例の楽しみになった。

ここから瀬戸港に船で渡るのだが、今年はカモメの数が少なく、心なしか寒さに震えているかの様でもあった。

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或は、近頃のカモメは飽食でハングリー精神に欠けるのかも知れない。

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この点ランナー達は飽くまでも旺盛であって、それぞれ果敢な走りをしていた。

走ることは実に単調な行為ではあるが、自分の足で目的地までを移動することは、それは実は大変重要なことなんだと思う。

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事(移動)を成し遂げれば、みんなでその苦労を分かち合う懇親会である。

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とは言え、今年も残すところ二週間である。

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古稀の私にしてみれば、平均寿命までの1/10を費消した訳で、何ともこれは切ない思いでもある。

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ともあれ、今年一年あちこちで顔を合わせて来た仲間達との忘年の集いは、やはり一年の〆なんだろうな。

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残りの15日も、無駄にしてたまるもんか。

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2017年12月15日 (金)

時知りてこそ

昨日も似た様なことを書いたが、改めて男の平均寿命が80歳なのかと驚いている。

そして、何をすべきか定かならぬままに、無性に急がねばなるまいと思うのである。

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何この一年だってアッと言う間に過ぎ去ろうとしているし、10年だって同じことだろう。

私の書いているnovelは「時或は老い」がテーマで、そのリアルタイムで進行している事象そのものである。

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男が自分の年齢を自覚することの衝撃と、未来への希望と迷いを書こうとしている。

必ずくるものは死だが、そんなものは待っていても仕方がない。

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そして絶対に来ないもの(例えは゛???)は待つ必要が無い。

さらに来る来ないか分からない幸運(宝くじが当たる)などは、待つていても埒が明かない。

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だから平均とは言え余命10年であるならば、待つのでは無く、向かって行くのが人生だ。

そんな気持ちを、砂漠への挑戦を中心にした物語にしたいと思っている。

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まさに同時進行で書き進めているのだが、大きなドラマにさせる為のフィクションに苦慮している。

ともあれ人生は有限であって、有限であるからこそ、人々は勇躍するのである。

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とは言え、私の毎日は実に地道なものであって、子供達を見送り、山を走って、畑を耕す。

そして時に考え、思い付くままこのブログを書いて、飯を食って寝る、その繰り返しだ。

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それでも沸々とあれこれの野心に燃え、果たせぬ夢は枯れ野を焼き尽くす。

人はみんな同じ時間を過ごすのだが、同じことをしていても、その蜜度はかなり違う様だ。

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私の走っている毎日の数時間は、自由な発想と実に気儘な夢想の時間でもある。

人生は一度しか無い訳で、ならば存分に楽しまねばその甲斐が無かろうと思う。

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「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」(ガラシャ)

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2017年12月14日 (木)

Walk of life

英語にはlife(生活)はあっても人生は無いと思っていたら、Walk 0f lifeでその雰囲気を出すらしい。

その言葉からは、日々の生活の道程(歩み)が人生だと言っている様でもある。

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人生と言う言葉を誰が発明したのか知らないが、生活の歩みが人生に違いないにしても、

その言葉には「生き方」のニュアンスが濃厚なのではないか。

単なる日々の生活の積み重ねが、それが人生の全てでは断じてないと思う。

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思に私達の一生にとって最も大切なのは人生だが、それを教えてくれる人は誰もいない。

学校では生活の仕方(算数や国語、それに経済etc)は教えるが、人生を教えることは無い。

いやいや戦前には偉人伝などを通じて幾分の人生を考える機会があったが、それも戦後は絶えてない。

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もっとも、定年前の若い先生に人生を教えろという方が無理なのかも知れない。

ともあれ今日では、自分の力で自分の生きる道を探し出さなければならない。

それが出来ない人は、単に一生を黙然と、結果として「生きてしまう」ことになる。

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犬や猫がそうであるように、それでも良しとすれば、勿論それで良いのである。

かく言う私もそんな具合で遮二無二生きて来たのだが、ここに来て待てよと思い始めている。

ようやくにして幾ばくかの老いを意識する様になって、いささか戸惑っているのだ。

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男の平均寿命は78歳だそうで、さすれば余命は8年と言うことになる。

それにそれまでに十分老いなければならず、あぁこいつをどうしてくれようかと言う気分だ。

否なに、現在の私は壮健そのものなのだが、何れ老いが来るとすれば、その前に死にたいと思うのである。

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日々確実に体が衰えて、おまけに自分が誰かも分からなくなったんじゃ、そうでしょ。

ともあれ、人間は単に生きりゃ良いってもんじゃない。如何に生きるかが肝心だよね。

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2017年12月13日 (水)

移動距離と文明

誠に便利な世の中で、新幹線を始めとした鉄道はもとより、航空機で遥か彼方に行くことができる。

いやさ自由度を考えるなら車があるし、更にインターネットで心理的な距離はもっと縮まった。

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そうして人の移動と同時に物流も活発になり、今日のより高度な文明社会が成り立った。

確かに便利さは飛躍的に高まったけど、その分自分の足で移動することが少なくなった。

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それはごく最近のことで、江戸時代を考えるならすべからく自分の足が頼りだった。

だから、どこに行くにしても歩く他無く、彼らは一日に30k程度は歩いていたらしい。

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実は私は、日々のランニングの日課があって、平均して一日に20k以上は自分の足で移動していてる。

だから、江戸の庶民に特段の違和感はないし、動くことが健康に直結するとも思っている。

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自ずと距離に対する尺度も変わってくるようで、昔ならタクシーに乗った所を歩いてしまう。

毎日山の中を2時間は走っているから、マラソン大会はその延長線上のイベントに過ぎない。

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特別に足を痛める訳でもなく、大会に出場したからと言って、特段のダメージはない。

殊にマラニック(マラソンとピクニック)は秀逸で、景色や風物を会話しながら楽しむことができる。

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全力で走ってタイムを競うマラソンも面白いが、私はマラニックにより魅力を感じている。

そもそも遊び心が基本だから、仲間と共に歩き走ることで、自然とだって一体化できる。

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これはさぁ、電車や車では味わえない楽しみだよね。

勿論文明の利器は駆使してそこに出掛け、その地をたっぷりと味わうのだ。

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そんな訳で今週末は、忘年ランで浜名湖を半周することになっている。

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2017年12月12日 (火)

年頃の味わい

二十歳には二十歳の、五十歳には五十歳の、そして七十歳なりの味わいがある筈だ。

ただ二十歳や五十歳では生きるのに精一杯で、人生を味わうなんて考えもしなかった。

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それが近頃じゃ、こいつをしっかりと味わっておかなきゃと思う場面が多くなった。

意図的にそんな風景を求めていることもあるが、やはり意識の成せる業だと思う。

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人は加齢によって若さの快楽を失っていく(つまり性欲とか食欲)もので、老いることを恐れるのはそいつを価値だと思うからだ。

だけど人生の価値は、必ずしも快楽とは限らないのではないか。

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快楽を追い求めていたずらに歳を取ると、その人はただ歳を取っただけの無内容な人になる。

それは実は精神のあり様だと思うのだが、この歳になるとそいつがその人の全体に現れる。

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つまり、自分が造りあげた人生の作品が、忽然としてその体や表情にディスプレイされるのだ。

ところで世は高齢者の溢れる社会になりつつあって、徘徊や万引き、交通事故や詐欺被害などと、その多くを高齢者が主役を演じている。

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殊に、私も含めて、自分は若いと信じている高齢者の起こす事故は悲惨なものだ。

過去の価値にしがみついて、自分の老化を認めようとしないからだ。

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これからの10年、この高齢者の起こす諸々の社会問題が、私達の大きな課題になる筈だ。

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ともあれ今日は警察署協議会があって、高齢化社会に向けての様々な問題を語り合った。

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それは振り込め被害や高齢者虐待、免許証返納や交通安全対策など多岐に渡った。

人は好んで老いる訳では無いが、それはそれなりに老賢者としての見識を示さねばなるまい。

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私のこれからの人生は、老いを味わう月日でありたいと思っている。

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2017年12月11日 (月)

好きか嫌いか

人間の一生は、何が好きで何が嫌いかで決まってしまうもののようだ。

好きこそものの上手なれと言われるように、好きなことはどんどん自分の血肉になっていく。

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だが、食わず嫌いも含めて、嫌いとなったらその入り口からして忌避してしまうから、どうしようもない。

食べ物に関しては、私の子供の頃は好き嫌いなど言っていたら、生きていけなかった。

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それが今日の飽食の世では、好き嫌いがその体型すらを変えてしまう。

・・とまぁ、ここまでは常識と言ってよいだろう。

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原理は同じことだが、こと人付き合いに関しては、中々これが面白いと思う。

基本的に人は、自分のことを好きだと言う人を好きになる。勿論その反対もしかりだ。

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そう言う原理を分かっていた訳ではないが、私は努めて人を好きだと思おうと努力してきた。

否嫌いではないと思おうとしたのかも知れないが、どうしても馴染めない人が2%位はいた。

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虫ずが走るというか、そもそもその相手は初めからこちらを見下しているのである。

当然仕事はストレスばかりで上手くいかない訳だが、中々大変な思いもした。

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その時は、世の中には色々な人種がいるものだと思ったが、その人だって自分を後生大事に生きていたのだろう。

料簡が狭いのだろうが、多分その人も自分を守ろうと必死に生きていたのかも知れない。

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だが人間は、自分に好意を抱く人間に好意を抱き、反感を抱く人間に反感を持つのである。

反感など抱かねば良いのだが、原理は「親しき中にも礼儀あり」であって、これを失っすると人間関係は続かない。

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過去の時間を振り返って、そんな様々な人間関係を思いだしている。

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2017年12月10日 (日)

あれまあと思いきや

昨日、袋井メロンマラソンの案内を開封すると、何と私が10kを走ることになっていた。

フルマラソンのつもりが、ネット予約の際に間違って入力したらしい。

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あららっと暫し放心したが、まてよこれは何かの(ナミブ)神様のお告げかなと思い直した。

10kなどの短い距離を走ることは絶えてなかったが、荷物走りを試してみろとのお告げと理解した。

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7k程度を背負って山に登ったりしてきたが、リュックサックと背中にいつも違和感を感じていた。

これを何とかせねばと思って、砂漠ラン先輩のMさんのお宅に相談に伺ったばかりであった。

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と言う訳で、今日は6kを背負ってエコパスタジアムをスタートした。

当然ながら、そんな大きなリュックを背負って10kを走る馬鹿は私だけであった。

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確かにスピード走りが求められる10kでは、ドンドン後方に下がりはしたが、何て事はない。

いつの間にか荷物の重さは感じられなくなって、それにスローの方が長続きすることも体得で来た。

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そう、一歩一歩踏みしめながら確実に前に進むことだ。

そう言う意味で今日の10k走はかなりの成果だと満足で来たのである。

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記録は1時間7分36秒だったが、総合順位1350位ということで、飛び賞(メロン)のおまけにありついた。

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而して10k走はアッと言う間に終わってしまって、物足りないと言えば物足りないのだが、今日は思いが貴重な経験をさせてもらった。

ナミブの神様に、感謝である。

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2017年12月 9日 (土)

お前の心

私は、1947年の生まれである。

終戦直後の生まれだから、団塊の世代の代表と言うことになる。

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物の何も無い時代に生まれて、子供の頃は米国の家畜の餌(脱脂粉乳)で育った。

それが自分の成長に連れて物量が飛躍的に増えていく、まことに幸せな時代を生きたのである。

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ただしかし、つい最近までの中国のように、公害や労働争議など日常茶飯だった。

人々は誰もが我先にと金を求めて右往左往していたし、そう言う意味では全く節操を欠いていた。

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豊かさの追求こそが正義だと、誰もがそう思っていた。

その無節操はあのバブルでピークに達し、平成二年の崩壊に人々は暫く途方に暮れていた。

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進むべき道がなくなったというか、人の心も経済も放心状態に陥ったのである。

あれから四半世紀、心の時代の到来と言われて久しいのだが、果たして私達の精神性は豊かになったのかどうか。

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確かに物を追い求める事こそ無くなったが、公共の福祉事業を除けば、さして変わっちゃいない様な気がする。

相変わらず自己中心的だし、自由は享受してもその責任は果たさない。

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本当は自分の内面をこそ豊かにすべきなのに、その端緒すら掴めていないのではないか。

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そう、やはり精神性を高めるなど、およそ付焼刃で出来るものでは無いのだ。

しかし、こすからい自分の心を清めて、何とか三途の川を渡してもらうようにするのが、これからの課題だ。

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そう思って、己の心の内を改めて覗いてみている。

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2017年12月 8日 (金)

墓碑銘

日本人は、誰もが安心しきっているのではないかと思う。

日本の墓の多くは、〇×家累代の墓であって、その個人は戒名程度に留まっている。

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代々家を継続することに、その人生の価値があるとされてきたからだろう。

この点個人が主体の欧米では、その墓石に個人のエピソードを書き物として残す。

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一般的には墓誌(その人の来歴)だが、肝心なのは何をした人なのかを記すことだ。

普通は、この世を去って10年もすれば忘れ去られるのが当たり前だが、

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墓碑が残ってそれを読む限り「おぉ〜、そんな人がいたんだ。」程度の感慨は残るだろう。

そうであれば人間の最終形が大事な訳で、それなら生前の行動だって自ずと違ってくるのではないか。

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さて私の場合、遺影は既に準備したので、残る問題はその墓に何が書けるかということである。

「永遠のランナー」も良いが、さりながらオリンピックに選手として出場した訳でもない。

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かと言って「永遠の市民ランナー」ってのも、何だか物足りない。

などと考えだすと、「平和」とか「希望」なんてことになるのだが、それじゃ累代と変わらない。

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ともあれ人生70年もやってきて、墓碑銘の一つも書けないとは情けない。

ままよ、人生100年時代であるからして、これからに乞うご期待である。

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墓碑を飾るために生きるってのも、面白いかも知れない。

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2017年12月 7日 (木)

心の空間

これまでお付き合いしてきたのは何百人、いや何千人にもなるだろうか。

今そんな同級生、職場の同僚や先輩、それに様々なコミュニティーで出会った人達を思い浮かべることができる。

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みんなそれぞれに懐かしい思いがするのだが、それはその場が創り出す人間関係だった。

学校にしろ職場にしろ、その期間が終われば単なる同窓会になってしまう。

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昔を懐かしんで語り合うのもその場限りのことで、まず自分の栄養になることは無い。

実は私はあまり個性のない方で、自己主張をして目立つなんてことはついぞなかった。

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いつも世間の目を気にしながら、まわりに合わせて生きてきたのである。

それがいつしか、依存を捨てて自分一人で生きようと思う様になっている。

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もちろん女房・子供も含めてのことで、結局人生は一人で完結すべきものと思っている。

そう思って、物の整理と同様に人間関係もすっきりとさせようと努力している。

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そもそもべったりと媚びる様な人間関係は気色が悪いし、自立出来ない印でもある。

それで数年前から年賀状も一切出さないことにしたし、まわりに余計な気を使うこともしなくなった。

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要するに自然体で、無理なく生きようと心掛けている。

従ってに女房殿とだって、一対一の友達関係であくまでも慇懃無礼である。

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須らく親しき中にも礼儀ありで、等距離の人間関係にしてみると見えてくるものがある。

人間誰もみな同じ、基本は一人で生きることなのである。

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人と無理につながるなんてことは止めて、自分なりの心の空間を広げたいと思っている。

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2017年12月 6日 (水)

七十従心

孔子の「七十にして心の欲するところに従いて、しかも矩を超えず」を考えている。

70という年齢は、確かにこれまで通り過ぎてきたどの年齢よりも重みを持っていた。

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何が変わるという訳では無いが、余命を意識せざるを得ないし、何より「これで俺も、爺の仲間入りか!!」と言う気持である。

孔子は矩を超えずと言ったが、それは「枯淡の境地になって何もしなくなった」と語った訳ではない。

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現実に私だって現役の男だし、まだまだやろうと思う事は無数にある。

いやむしろ、これからが俺の本当の人生だとすら思っている。

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私が書き進めているnovel「過ぎ去り生命のしるし(仮題)」は第二節に入っていて、主人公にその辺のことを角度を変えて語らせている。

伊達に70年も生きてきた訳じゃなく、その間の蓄積のお蔭で、世の中の事がよぉ〜く見えるようになっている。

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孔子の言う矩などとうに分かっているし、男女の機微にしても、金のことだって一通り分かっている。

ただ分からないのは、残された期間に自分に何が出来おおせるのかってことだ。

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勿論、心の欲するところに従って生きれば良いのだが、実はそいつが難しい。

だらだらと惰性に任せて生きるのは愚の骨頂だし、その辺の年寄りの様に愚痴や他人の中傷で生きるのはまっぴらだ。

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それはあくまでも、「俺は生きたぜ!」って言える歩みでありたいと思う。

それでこの半年余り、自分の心に素直に行動しようと心掛けている。

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無理な付き合いは止めるし、世間へのへつらいなんぞも捨て去ろうとしている。

残された時間は、自分のためにこそあるのだと心しているのだ。

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2017年12月 5日 (火)

無用の用と贅沢

考えてみれば、何という贅沢な毎日を送っているのだろうかと、そう思わざるを得ない。

趣味の農作業を除けば、毎日四六時中遊んで暮らしているのである。

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街頭に立って旗を振ってみたり、山を走ったり、山登りやマラニック、それに最近では頻繁に忘年会に出掛けている。

金は天下の回り物だと考えているし、それに何より思うままに使える時間がたっぷりとあるのである。

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これを、贅沢と言わずして何としよう。

それに人生は、日々刻々と時計の秒針の様に繰り返しの連続である。

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心臓の鼓動はもとより息を吸って吐くことに始まり、起きて飯食って寝て、

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風呂や歯磨きと申し訳程度の作業をして、毎日そんな同じことばかりを繰り返している。

確かに贅沢で平凡な毎日である訳だが、それだけでは如何にも退屈すぎるではないか。

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この世を去るまでの間、暫し贅沢な時間をお過ごし下さいと言われている様で、これには反乱を起こしてみたくなる。

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しかしながら齢70歳、世間の見方は余生を漂う老いぼれ爺さんなのである。

而して乱を起こそうとて仲間の集まる筈もなく、決起は常に未遂に終わるのだろう。

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だが心の中からは「急げ、残された時間は多くはない。I don't have time.  Do it right now.」と聞こえてくる。

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確かに、私に確実に残された時間は、5年位しかないのではないかとも思う。

同じことを繰り返すのも必要だが、何時までも「無用の用」とばかりでは駄目なんじゃないか。

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しからばこの五年、ドン・キホーテの如く風車に向かって突進してみるのも面白かろう。

夢は遥かな大地を彷徨いて、何処へか向かわん。

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2017年12月 4日 (月)

夢と共に

二年ほど前ある知人が、突然自分の余命は残り三年だと言いだした。

だから事業を整理し、奥さんと犬一匹を連れて旅に出ると、それまで乗ってい高級車を売り払ってワゴン車を買った。

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勿論、それは犬と夫婦が旅先で過ごすための車である。

それから二年が経過し、先日お会いすると「あれは、止めにした。」と言う。

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余命三年の告知があったものとして、思い切って生活を切り替えたんだが、どんどん気力がなくなっちゃう。

やっぱり人間は、夢や希望を追い求めていなきゃいけないってことが、やっと分かったよ。

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そう言って、余命3年は実は自分で決めたことだったと告白した。

何とも人を食った話だが、自分の起こした事業を整理したことで、気持ちの張りをなくしたのである。

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人間は、夢を持ち続けているからこそ、失敗しても気持ちのメリハリが維持できるんだ。

この歳になってどんな夢が持てるのかって、それはあなた、この世の中夢の種は浜の真砂ほどありますわね。

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それに実現するかどうかは二の次で、とにかく夢を追いかけて生きるって姿勢が肝心だな。

私もまだ若いと思い続けているうちに70にもなっちゃって、「少しばかり、テンポ良く生きないとなぁ〜」と少し悔やむ気持ちがあった。

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しかし今は目の前に大きな課題があって、毎日その為に悪戦苦闘していると言っても過言じゃない。

当然ながら、あちこちが痛いなんて言っている暇は無い訳で、このまま来春のナミブ砂漠に突撃していこうと思っている。

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昨日ご一緒したN部さんも凄く意欲的な人で、今度「滝100選」「渚100選」を踏破したいなどと言っていた。

果たしてその為にどれ程の時間と労力を要するかなんて、まったく問題にしていないのである。

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人間、そんな大馬鹿な生き方の方が、面白い人生だったって言えるのではないか。

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2017年12月 3日 (日)

高川山に登る

英国やオーストラリアに行けば、丘はあっても山はない。

この点この島国は山ばかり(マウンティアス)で、殊に山梨県に行けば手頃な山が一杯だ。

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それで今日はM塚さんの企画で、高川山(976m)に登ってきた。

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富士川の遥か上流に大月という町があって、その町が秀麗富岳十二景を展開している。

大月市には数々の山があるが、富士山を臨んでコレッてポイントを12山選んだんだ。

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すると東京方面を中心に多くの人が次々とやってきて、富士を眺める絶景を目指すのである。

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我々も今日はその十二景の一つ、高川山に登ったのだが、登山口の初狩駅には既に100人程がスタンバイしていた。

高川山の真下には、あのリニア幹線が走っていて、山裾には高速で走るリニアの衝撃波を緩和させるための風洞が伸びている。

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ともあれ私達は9時に登り始めて一時間半弱で、その山頂を極めたが、狭い頂上は既に満員状態だった。

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絶好の天候に恵まれて、富士山も機嫌良く迎えてくれたし、温かな山頂での一時を過ごすことが出來たのである。

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それも山頂に着くとM塚さんがおもむろに取り出したガスボンベと鍋、それにワインを注いでのチーズフォンジュの昼食のお蔭でもある。

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富士山を肴にと言いたいが、その富士山はそっちのけで、腹一杯になるまでその美味を味わったのである。

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登山とすれば少し物足りない位だが、何と言っても絶景が待っているし、大きな負荷がなく登れるのが良いかな。

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と言っても、私は8k超のバックパックを背負って、これでもナミブ砂漠への肩慣らしである。

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兎に角、10k前後の荷物を体と一体化させることに努めているんだ。

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これがなかなかハードな仕儀だが、この半年で何とか耐えられる体を作りたいと思っている。

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「男の境涯、寄せて芙蓉の第一峰にあり」何歳になろうと、その心意気でありたいと思っている。

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2017年12月 2日 (土)

厚さと深さと弾力と

そう、人間の厚さと深さ、そして弾力は何によってもたらされるのかが今日のテーマである。

そのヒントとして、今日は鍛錬と性欲のコントロールがアプローチとなった。

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確かに森先生の生きた謹厳な時代には、性は極力抑制し、厳しい鍛錬こそが人を作るとされていた。

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人間の力は、その旺盛な性欲を自己の意志によって制御する所から生まれるとされ、人間としての真の内面的な弾力もしかりであった。

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だから厳しい先生に師事し、その荒業に堪えてこそ、ひとかどの人間になるとされたのである。

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しかるに今日、戦後民主(利己)主義が全盛を極め、そんな堅い話は通じる訳がない。

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教育現場は常に遠慮がちだし、俺は俺、私は私で性欲も自由奔放、よって子供の数は激減した。

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ただ性欲は、私達の活力を産み出す根源であって、時に精神的な力をも差配していく。

まぁ〜、その辺が今日の結論かな。

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例の恒例になっている人生を学ぶ勉強会で、第22〜24講(性欲の問題)までを語り合ったのである。

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もちろん堅い話ばかりじゃなく、下世話な話柄へと発展(?)していくのだが、受け止めは人それぞれだ。

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「理(ことわり)としては、一匹の蚤の跳ねるも宇宙に反映し、我が一瞬の瞬きも正に万象と相応ず。ただ我らの心、粗にして、これを徹見し得ざるのみ。一即一切、一切即一」

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だからと言って、蚤の跳ねるのをいちいち気にしていたら、生きては行けないだろう。

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ともあれ、大らかに学び、かつ何時もの様に体を動かし、同時にみんなで持ち寄ったご馳走を戴く。

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今年最後の勉強会だから、忘年会もと盛り沢山であった。

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如何です?皆さん。堅い話を題材に楽しく過ごす一日も、それはそれ良いものですよ。

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かくして、師走の一日を終えたのである。

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2017年12月 1日 (金)

長ぁ〜い下り坂

先日は豊橋の走る仲間の忘年会に誘われて、その楽しいひと時を過ごすことが出來た。

会の最初に一言づつのスピーチがあって、交々に心境などを語るのだが、70歳までは走りたい・・とか、兎角年齢にかかわることが多い。

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当の私は既に七十歳な訳で、どうやらこの年齢は大きな節目になるらしい。

私は「人生は今から」と考えているのに、多くの人にとっては当面の目標点なのだ。

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実は私は下り坂よりも、じっくりと登って行く坂が好きで、何時もここでライバルを抜き去る。

それが下り坂にはいると一転して追い抜かれる訳だが、そもそも惰性に乗って走るのは好みじゃない。

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しかしながら今、私の人生は長ぁ〜い下り坂を迎えているようだ。

ともあれ、人生50年時代ならともかく、誰もが長い下り坂を生きなきゃならない。

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スポーツ選手が典型的だが、体力のピークは三十代の前半で、後はずっと下り坂だ。

つまり「へ」の字型で、若い時にグッと上がって、後はゆっくりと降りていく。

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そして人生の妙味は、その私の苦手な下り坂にこそ大きな意味が隠されているってことだ。

気張って力まなくても良いし、景色だってしっかりと見えている筈だ。

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だけど、だらだらと下っていくことに慣れちゃったら、折角の人生がただゴールに向かうだけになっちまう。

そして、人生の長い下り坂の中に意味を見出すのは、それは自分だけが出来ることだ。

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だから、への字のどの辺を走っているのかは別にして、常に「生命のしるし」を探したい。

どうせ下り坂の一コマなら、ここ一番の自分らしさを試してみたいと思うだろう。

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結局のところ、人生は何をし得たかが全てなんだから。

ナミビアはボツワナとアンゴラに囲まれた所にあって、日本の2.2倍の広さがある。

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住んでいるのはブッシュマンの末裔で、今でも上半身裸のヒンバ族も暮らしている。

そしてナミブ砂漠は、300m程の砂丘が延々と連なっていて、正に壮絶な生き残りレースになるのではないか。

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大会の四っ日目には、その沙漠の只中を80k・・おそらく30時間は走り・歩き続けなければならない。

南十字星の下での壮大なドラマを、何とか切り抜けて生還したいと思っている。

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