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2017年12月 6日 (水)

七十従心

孔子の「七十にして心の欲するところに従いて、しかも矩を超えず」を考えている。

70という年齢は、確かにこれまで通り過ぎてきたどの年齢よりも重みを持っていた。

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何が変わるという訳では無いが、余命を意識せざるを得ないし、何より「これで俺も、爺の仲間入りか!!」と言う気持である。

孔子は矩を超えずと言ったが、それは「枯淡の境地になって何もしなくなった」と語った訳ではない。

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現実に私だって現役の男だし、まだまだやろうと思う事は無数にある。

いやむしろ、これからが俺の本当の人生だとすら思っている。

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私が書き進めているnovel「過ぎ去り生命のしるし(仮題)」は第二節に入っていて、主人公にその辺のことを角度を変えて語らせている。

伊達に70年も生きてきた訳じゃなく、その間の蓄積のお蔭で、世の中の事がよぉ〜く見えるようになっている。

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孔子の言う矩などとうに分かっているし、男女の機微にしても、金のことだって一通り分かっている。

ただ分からないのは、残された期間に自分に何が出来おおせるのかってことだ。

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勿論、心の欲するところに従って生きれば良いのだが、実はそいつが難しい。

だらだらと惰性に任せて生きるのは愚の骨頂だし、その辺の年寄りの様に愚痴や他人の中傷で生きるのはまっぴらだ。

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それはあくまでも、「俺は生きたぜ!」って言える歩みでありたいと思う。

それでこの半年余り、自分の心に素直に行動しようと心掛けている。

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無理な付き合いは止めるし、世間へのへつらいなんぞも捨て去ろうとしている。

残された時間は、自分のためにこそあるのだと心しているのだ。

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