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2017年12月12日 (火)

年頃の味わい

二十歳には二十歳の、五十歳には五十歳の、そして七十歳なりの味わいがある筈だ。

ただ二十歳や五十歳では生きるのに精一杯で、人生を味わうなんて考えもしなかった。

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それが近頃じゃ、こいつをしっかりと味わっておかなきゃと思う場面が多くなった。

意図的にそんな風景を求めていることもあるが、やはり意識の成せる業だと思う。

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人は加齢によって若さの快楽を失っていく(つまり性欲とか食欲)もので、老いることを恐れるのはそいつを価値だと思うからだ。

だけど人生の価値は、必ずしも快楽とは限らないのではないか。

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快楽を追い求めていたずらに歳を取ると、その人はただ歳を取っただけの無内容な人になる。

それは実は精神のあり様だと思うのだが、この歳になるとそいつがその人の全体に現れる。

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つまり、自分が造りあげた人生の作品が、忽然としてその体や表情にディスプレイされるのだ。

ところで世は高齢者の溢れる社会になりつつあって、徘徊や万引き、交通事故や詐欺被害などと、その多くを高齢者が主役を演じている。

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殊に、私も含めて、自分は若いと信じている高齢者の起こす事故は悲惨なものだ。

過去の価値にしがみついて、自分の老化を認めようとしないからだ。

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これからの10年、この高齢者の起こす諸々の社会問題が、私達の大きな課題になる筈だ。

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ともあれ今日は警察署協議会があって、高齢化社会に向けての様々な問題を語り合った。

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それは振り込め被害や高齢者虐待、免許証返納や交通安全対策など多岐に渡った。

人は好んで老いる訳では無いが、それはそれなりに老賢者としての見識を示さねばなるまい。

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私のこれからの人生は、老いを味わう月日でありたいと思っている。

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