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2018年1月18日 (木)

人生100年時代を生きる

生きるとは老いることに他ならず、誰でもとにかく生きていれば老人になる。

政府がその高齢者(老人)の定義を見直して、65歳から幾分引き上げるらしい。

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その動機は、懐具合(年金財源)は勿論のこと、少子化の結果としての労働力不足かな。

みんな長生きするんだから、高齢者にももっと働いてもらわにゃやって行けないと言う事だ。

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しかし老人という言葉は、老人ホームとか老人病院、更には老化のイメージがあって、差別用語の様でどうにもいただけない。

それに痴呆老人とか、老人の犯罪や交通事故などと、とかく社会的厄介者扱いだ。

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せめて年寄りなら、大老とか老中が江戸期には幕府の取締役だった訳だし、これはまだ許せる。

ともあれどうせ見直すなら、年齢だけではなくて、高齢者の社会的役割をクローズアップして欲しいと思う。

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高齢者ならではの仕事や役割も、よく見渡すとかなり広範にあるのではないか。

例えばホテルなどの接客業、コンビニやスーパーのレジ、経験を生かした諸々のカウンセラーetcである。

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昨今あの団塊の世代が、一斉に古稀の峠を次々に越えつつある。

その年寄り具合は千差万別だが、既に終わりつつある人がいる一方で、まだまだ元気溌剌何でもできる人だって多い。

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現実にこの私だって、まだ五年やそこいらは十分現役でやっていけると思っている。

その証明のためにも、過酷な砂漠レースを完遂しようとしているのだ。

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これまで兎角人々は、その人生の価値を若さ故の快楽にあると考えてきたようだ。

しかしどうだろう、人生100年時代を標榜するなら、この価値観こそを覆さねばなるまい。

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社会的役割を果たしつつ心身共に老熟してゆくなら、それを社会的価値に高めることが必要だ。

「あのも人80になるけど、元気で活躍してるなぁ~」って、みんなが拍手するようにね。

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この私はまだまだ年寄りにしては若過ぎるが、いずれは自分に似合った年寄りにならねばなるまいと思っている。

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