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2018年1月16日 (火)

存在の不思議を思う

自分が存在しなければ、今見えているこの世界は存在しない。

そして人生とは、自分がこの宇宙(世界)に存在していると言うことでしかない。

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その存在自体(寿命)には長いも短いもなく、ただあるのは「今」だけである。

だから今をこそ精いっぱい充実して生きられれば、悔いることなんて何もありはしない筈だ。

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・・・とそう思って、もう既に70年も人生の時を過ごしてしまった。

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そろそろお仕舞にしても良さそうなものだが、私の体はまだまだ若いぞって言っている。

いやさ、確かにシワが増え、髪が薄くなって、時には動作だって鈍くなってはいるだろう。

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そいつを認めたとしても、どうも年齢ばかりが先走っているような気がするのだ。

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この古稀という年齢を、どうにも受け入れることができないでいるようだ。

そもそも生物は須らく時間に従って老いていくものだから、私だって例外ではあり得ない。

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しかしながら人生100年時代がそこまで来てて、どうやら体も心もそっちに傾斜しているようだ。

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而して自分の年齢をふさわしく感じ、ふさわしく振舞うのは、まだまだ当分先のようである。

その時が訪れたなら、その時にこそたっぷりと老年の面白さを味わってやろうと思っている。

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ともあれ私の人生は、その世界の終わりの時が来るまで延々と続くのである。

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加齢に対する無駄な抵抗を、ジタバタとやっている訳では決して(断じて)ない。

この世界に存在している限り、出来ることをやらなくって何としようか。

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と言う訳で、何だか私の人生はどんどん面白くなっていくような気がする。

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2018年1月15日 (月)

自然(世界)と自分

昨日は少しばかりの間、あの白一色の異空間に身を置いたのだが、大げさに言うと「世界の存在」ってなことを考えていた。

朝起きて周りを見渡せは、そこには多分何の変哲もない日常の風景が広がっている。

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朝が来てやがて夜になり、海があり山があり、時に嵐や吹雪があって、夜の星が広がる。

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突然この世界が変わってしまうなんてことはなく、100年前も同じで、その世界が続いている。

その世界の中に抱かれて、私達はこの世に生まれ、生き、そしてあるとき死んでゆく。

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そういう繰り返しによって、そこにどんな意味があるのかは別にして、人間社会は面々と続いてきた。

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一個の人間にとっては死ねば全てが終わりであって、その人間が何をしたかなど、すぐに忘れられてしまう。

それでも、私たち一人一人は、懸命にこの世を生きるのである。

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昨日も凍てつく雪の山に登り、その寒さに自分の生を改めて自覚していた。

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人間がこの世に生まれて生きる客観的な意味は、それは只ひとえにその懸命さにあるのではないかと。

樹氷の育つ雪の中で、風の力で移動する砂山を連想していた。

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高さ300mほどもある砂の峰が、そろりそろりと移動していくのである。

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人間は産業革命以降、確かに自然をコントロールするかのような実に大きな力を手にした。

だけど昨日の高見山にしても、神武天皇の頃と多分何も変わってはいないのである。

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ただ、私たちが世代代わりしただけだ。

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私の行こうとしている砂漠だって、アラビアのロレンスの頃と寸分も変わっちゃいないだろう。

かどれ程の人が、その砂漠とどんな関わりを持ってきたかだって、誰も知らない。

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自然のあまりの大きさの前には、一個の人間が生きて死ぬことに、さほどの意味があるのかどうか?

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そいつを確かめに、私は砂漠に行くのだと思っている。

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2018年1月14日 (日)

厳寒なればこそ樹氷の山へ

今日は全国的に冷え込んで、冷蔵庫の中にいるような寒い一日だった。

そんな折、敢えて霧氷・樹氷で知られる奈良は吉野の高見山に登った。

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高見山は、近畿のマッターホルンとも言われるほど、山麓からの眺めもひときわ美しい山だ。

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標高は1,250mほどしかないが、マッターホルンにはない樹氷が見られるのである。

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日本海からの冷たい風がこの辺りを吹き抜けるらしく、この山には美しい樹氷が育つ。

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朝は暗いうちから奈良に向かい、登山口のたかすみ温泉に着いたのは10時だった。

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気温は氷点下2度とブルっと身震いする寒さで、もう登る前から指先が凍えていた。

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7人の仲間とともにその凍てついた登山道を登り始めたのだが、直ぐにアイゼンの着用が必要になった。

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この数日来の寒波ですっかり雪化粧していて、奥深い雪国に来たかのようであった。

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その雪が登るに従って、樹の枝に積もったボタン雪から霧の結晶した霧氷に、さらに登ると樹氷へと変わっていく。

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ただしかし、麓でマイナス二度は山頂ではかなりの温度になっていたはずだ。

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私のウオーターボトルは吸い口が凍ってしまって、水を飲むこともできなかった。

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ともあれこの山は歴史の古い山で、太古の昔神武天皇が山頂近くから大峰山系などを睥睨したことから、高見山とされたらしい。

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樹氷と言えば蔵王などをイメージするのが一般的だが、奈良の奥の院にかような名所があるのだ。

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登ること三時間弱、午後1時近くに山頂に着いて、その景色にしばし圧倒されされていた。

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しかして山頂は銀座の賑わいに近く、あまりの寒さとも相まって早々に下山と相成った。

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下山は雪を滑るように走り下りて、1時間15分ほどで麓のたかすみ温泉にたどり着くことができた。

もちろん、温泉に入って冷えた体を温めたのである。

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今日は、寒ければ閉じこもるのではなく、敢えて寒さに挑戦する爽快さを十分味わうことができたのである。

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2018年1月13日 (土)

老いの予兆

それは当たり前のことで、人は誰も老いてやがて死ぬことになっている訳だが、それは突然私の中に現実となって表れた。

何かどこぞが悪くなったと言う訳ではなく、それは多分に精神的なショックなのだと思う。

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昨秋に古稀の大台を迎えたのを契機に、猛烈に「時の印」が必要だと思うようになった。

私達は基本的にマンネリ(惰性)に則って生きていて、実はこれはうんざりする程退屈かもしれないが、

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何の変哲もないこの十年一日が、私達に安定や安心を醸し出してくれている。

この惰性の中にいれば、余分なことは考えなくて済むし、日々の諸々は惰性の中に埋め込まれてしまう。

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だが定年退職など大きな節目を迎えて、その惰性が途絶えると俄かに、そこには異なった景色が現れる。

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その異なった景色が惰性になるまでは、孤独なのか不安なのか、いささか複雑な心境の中で生きなければならない。

私の場合、古稀という年齢の峠と社会的なリタイアが、昨年一気に訪れたのである。

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なぁに定年など既に経験したことと思っていたのだが、これが老年入りと一緒になったことで幾分ダメージが大きかったようだ。

そもそも男の平均寿命は80歳であって、これに沿うなら余命は10年しか(も)無いことになる。

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これまで無限に生きると思っていたのに、おぉ。・・残り10年かぁ~と言う驚きも大きかった。

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それで考えた10年計画が、5年はこれまで通り全力疾走の限りを尽くすことと、後の五年は徐々に速度を落とすことだった。

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特に前半の五年は、五年後では出来ないことを集中してやろうということである。

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砂漠レースへの挑戦や自分なりの文学への取り組みも、その一端に過ぎない。

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つまり出来ることをすべてやって、その後に然るべき老人になろうという算段である。

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長生きなんてする必要はないが、この世を十分に生きることこそ肝要なのだ。

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それは言うまでもなく「生の充実」だから、この一日一日が勝負だと思っている。

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2018年1月12日 (金)

年頭視閲

消防なら出初め式に当たるこの警察の行事は、実に凜々しく頼もしいものだ。

今年の視閲式は、何時もの河川敷や公園ではなく、初めて屋内(グランシップ)で、多くの市民が見守るなかで開催された。

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参加した各部隊の中でも、警察学校を卒業する人たちにとっては初めての公の場であり、その緊張の程も見て取れた。

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人口370万人余の静岡県に6,000人の警察官が在籍していて、交通を含めた治安を担っている訳だが、

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この数は決して(後進国と比べるまでもなく)多いとは言えないと思う。

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しかもこの15年間、民間の防犯活動が活発化しているとはいえ、刑事犯の数はずっと減り続けている。

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このところの交通事故の減少傾向とも併せ、世界に類を見ない治安を実現していることになる。

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それもかなりの部分で、彼ら警察官の活動に負うところ大なことは言うまでも無い。

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日本の警察制度は、明治の初め薩摩の川路利明が中心になって、フランスに学んだものだ。

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だがその後の西南戦争では、戦役の一端を担った時代もあったし、戦前のオイコラの時代も長く続いた。

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しかして今日、警察官の言葉遣いも動作振る舞いも大きく変わった。

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まさにひとり一人が、市民のための警察を意識して活動するようになっている。

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更に今では各警察署に一般市民による「警察署協議会」が設けられていて、折々に警察活動に対して意見を言うような仕組みになっている。

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警察に対して文句を言うのはなかなか難しいものだが、それでも委員の皆さんは率直な具申を続けている。

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これも継続が力になる訳で、事実私の警察に対する認識も大きく変わってきた。

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警察官には職業上のハザード(リスク)も多い訳だが、彼らはそれを乗り越えて日々努力もしている。

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今日の視察式を通して、そんな姿がひしひしと伝わってきたのである。

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2018年1月11日 (木)

細やかな喜びと楽しみと

昨年から野菜が高騰しているからではないが、毎日ほうれん草の部屋に入ってはにんまりしている。

ほうれん草は今シーズン2作目だが、一作目よりかなり順調に順序だって育っているからだ。

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概ね10日毎に一列の作業を進め手いて、その順番に整然と育っていて、つまり自分の労働が形となって表出しているのが嬉しいのだ。

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外の畑に出れば、これまた白菜やらキャベツがずらりと顔を揃えている。

汗をかいて作物を育てることの面白さというか、これは何物にも代えがたい営みである。

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汗をかくことでは毎日のランも同じだが、こちらは自らの鍛錬であって喜びとは少し異なる。

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喜びや楽しみというものは、自分自身に満足してそれに心満たされている状態のことだ。

人間こいつが無いと人生やってられない訳で、それは四季折々の風物であったり、食や交友だったりもする。

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こいつがある限り夫婦円満で、他人への悪意は生まれないし、世の中だって平和になる。

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つまり、私達の不幸の原因は、喜びや楽しみが足りていないからだ。

・・・と言うか、細やかな喜びや楽しみを見いだす力が不足しているからだろう。

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私の葡萄達はすっかり整枝が済んで冬景色、こちらは3月まで暫くお休みである。

ともあれ、何に楽しみを見いだすかは人それぞれ、自分なりの形を創ることだと思う。

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而して私も、自分の楽しみ作りのために、毎日奔走しているって次第だ。

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2018年1月10日 (水)

活力の源泉

植物なら芽を出し花を咲かせ、実を成らせようと全てが競い合っている。

動物だってそれぞれ自分達が生きると同時に、子孫を増やそうと懸命に努めている。

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そもそも、およそ生命あるものは、自ずと生きているその力を放出しようとするものだ。

時にそれは腕力であったり、精神力、生命力、はたまた知力や判断力だったりする。

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そして保身は、その生きようとする結果だとされている。

しかして近頃の人間社会では、その生命の根源である繁殖すら疎かにされ始めている。

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その原因は色々あるかも知れないが、根本的には戦後の間違ったエゴイズムにある。

言うまでもなく私主義であり利己主義、「自分」の利益だけに価値があるって考えだ。

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本来人間も動物だから、性欲を始めとして支配欲や我欲があって当たり前だ。

ところが自己保全が極まって、生命としての我欲(生殖や自己主張)までが希薄になっている。

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自分なりの意見も持たずに他を批判することに安住し、常に付和雷同で良しとする。

当然子供の数は減る一方だが、つまりこれは生命力衰退の兆しなんだろう。

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ところで人間はほとんど全ての人々が、自分のことを最優先させるエゴイストだ。

メセナであれ慈善活動やボランティアだって、突き詰めれは自分のエゴに行きつく。

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そうしてエゴは、動物が生きようとして、その根本が生み出す健全な欲求なんだと思う。

健全なエゴイズムが求められる所以である。

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私も御多分に漏れず、長いこと自分を殺して生きてきたが、「もう、良いでしょう!!」って感じだ。

自分のしたいことをして、精一杯自分の生きようとする力を羽ばたかせようと思っている。

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2018年1月 9日 (火)

自らを知る

「あなたは、どんな人?」って聞かれて、果たしてすらすらと答えられるだろうか?

余程の自信家ならともかく、自分よりも他人について聞かれた方が答え易いのではないか。

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最も身近な存在である筈の自分だが、なかなかこれが分からないのが自分自身だと思う。

もとより最初から「自分」などありはしないし、自分は自分で創り上げるものなのだ。

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自分で努力して創ることをしなかったら、自分などどこを探してもある筈もない。

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しかるに今時の人達は、どうも自分を持ちたがらないようだ。

自分の考えを持たないというか、自分の考えを持てない、或は持とうとしないのである。

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マスコミを鵜呑みにしたり、誰かに依存することで、それが自分だと思っていたりする。

その方が楽だが、要するに自分を軽く見ている訳で、結果として他人をも侮るようになる。

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だから、先ずは勇気を出して自分を信じ、そして何事も行動してみることだと思う。

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実は団塊の世代のことを考えていて、彼らはそれぞれ70歳の峠を越えようとしている。

長年の会社勤めから解放されて、願ってもない自由を手にしたのだが、はて何をすべきかと戸惑っている。

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かつてあれ程欲していた『自由』が、実は最大の重荷になっている。

どうも人間には、人を服従させたいという気持ちと同時に、誰か強いものに服従して(酔って)いたいという気持ちがあるらしい。

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誰かに従っている方が楽ちんってことで、ナチスなど強力な指導者を求める心理の根源でもある。

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ともあれ自由を得たからには、他人の揶揄などの無駄は止めて、これを自身が縦横に活かすことこそ肝要だろう。

私自身も、この10年こそが我が人生の本当の勝負だと、その自分創りに取り組んでいる。

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2018年1月 8日 (月)

駱駝さながらに

駱駝に追われて、砂漠で喘ぎ苦しむ夢を見た。

駱駝の背には幾つもの荷物が載せられていたが、それでもその足が鈍ることは無かった。

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同じく荷物を背負って、もうへたりかけている私を、その駱駝は黙々と追いかけてくる。

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それは正に、荷重を少しずつ増やして砂漠レースに備えている私そのものだった。

「人の世は、重荷を背負いて行くがごとし・・」とは、家康の言葉だったか?

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そもそも私達は、自分がどれ程の重荷に堪えられるのか、それすら知らないのである。

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大抵は自分に出来そうな事しかせずに、安穏に日暮らして人生を終わるのが常だ。

死はいずれやって来るのだが、その前に自分の持つ限界を知るべきではないかと思った。

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自分に何が出来るのか極めるのが人生だと思うし、それには試してみる他ないだろう。

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思えば私も、ずうっと背伸びをして生きてきた。

さして実力も無いのに、さもそれらしい顔をして世の中を渡ってきたのかも知れない。

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しかしどうだろうか、生身の男一匹、その正体を試すことなくあの世に行って何としよう。

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駱駝は自らの背にコブを背負って、あの灼熱の砂漠に堪えて生きている。

子供の頃、映画≪アラビアのロレンス≫を観た時、ベトミンの生き様はさることながら、それを縁の下で支えているラクダがすごいと思った。

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私達の生き様だって、常に逞しい忍耐の精神は重いものを求めるのである。

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ともすれば高慢になりがちな心をどうすれば諫めることが出来るのか、それは限界への挑戦だろう。

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而して私の精神は、駱駝さながらに重荷を背負って、おのれの砂漠へと急ぎ行くのである。

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因みにナビブ砂漠のレースでは、駱駝がスイーパーの役割を果たす。

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2018年1月 7日 (日)

湖西の空は青く晴れて

今朝は朝早くから二川に出掛け、岩屋緑地からスタートする湖西連峰トレイルランである。

この大会は若い人達を中心に200人近くが集まって、しかも12歳から84歳までと幅も広い。

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それだけ山を登り下りしながら、この県境を駆け抜けるのは、魅力的だということでもある。

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事実岩屋緑地から峰の上に出れば、右側には浜名湖を見下ろし、左側には三河平野が見渡せる。

それに遥か彼方に富士山が顔を出していた。

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確かに岩はゴツゴツと露出しているし、右へ左へと振られ、急な下り坂など滑り落ちそうになる。

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それでも変化に富んだこのコースは、何時来ても魅力的だと思う。

山道の混雑を配慮して3分毎の時差スタートなのだが、最初にスタートしたのに次々と抜かれて最後尾近くになってしまった。

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と言うのも、今日は6k近くを背負って、しかも胸の前に750ml×2本のボトルを装着していた。

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その1.5リットルがろっ骨を圧迫し、後半からはかなりの痛みを伴っていた。

やはり何でも実際に試してみなければ分からないもので、リュックの前部分に保護が必要なことが分かった。

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来週はこれを改良して、その効果を試さねばならないが、痛みを伴いつつも大分リュックに馴染みが出てきている。

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残りの三か月、更に荷物を実際に近く加重して何度か試さねばならない。

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「何故、そんな自虐的なことをするの?」と言う人もいるが、人間ヌクヌクと楽をして得られるものなんて有るだろうか?

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今日だって、朝の暗いうちから喜々としてトレイルに集まってくる人達の顔、それはみんな生き生きとした顔だった。

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大変だなんて、そんなこと当たり前でしょう・・・・そいつを乗り越えていくからこそ、人生は面白くなる。

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最初は「出来るだろうか?」って気持ちもあったけど、今は「出来るさ!!」って確信している。

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2018年1月 6日 (土)

地上最初の女

これは誰でも、異性の存在は私達の生きる力の根源になっているのではないか。

晩生の私は、職場で出会った最初の女性と夫婦になって今日に至っているが、異性の何たるかをあまりにも知らな過ぎた。

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ギリシャ神話によると、この世に最初に登場した女はパンドラだ。

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最高神ゼウスが、泥をこねて創った美女で、彼女は神々からの贈り物を詰めた箱を持っていた。

その箱には、神々の人間に対する懲罰の数々(あらゆる禍と害悪)が詰まっていた。

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そのパンドラにぞっこん惚れてしまったのはエピメデウス(=後で考える)だった。

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エピメデウスは彼女をめとり、パンドラは禁じられていた箱を開けてしまう。

中からはありとあらゆる禍が飛び出し、以来人間は病気や災難に苦しめられることになった。

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ただしかし、「希望」だけが箱の底に残ったままになっていた。

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希望こそが人生最後の砦だと思っていたのだが、どうやらこの辺の機微が難しい。

しかしながら、パンドラを娶ったエピメテゥスの気持ちは良く分かる、と言うよりもエピメテゥスそものの様な気もする。

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希望と言う青い鳥を追い求めて、今も悪戦苦闘の毎日なのだが、希望を捨てる訳にはいかない。

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ゼウスがパンドラに禍の箱を持たせたのは、プロメテウス(=前に考える)が天上の火を盗んで人間に与えたからだとされている。

いずれにしても、お蔭で私達は四苦八苦しながらこの人生を過ごす訳である。

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それにしても、私にとって異性の存在は、それは希望そのものでもあるのだが・・・・。

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さて、私のパソコンは余命幾ばくもない様で、時折目を覚ましてくれるものの、ともかく後継を手配したところだ。

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2018年1月 5日 (金)

パソコンが風邪

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2018年1月 4日 (木)

自然とは

自然と私達の生き様、・・・の様なことを考えている。

年末の寒波では北海道を始めとして、30m/秒の風雪が大地を吹き抜けた。

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北国は大変だなぁと思う一方、私達は常に気まぐれな自然の中で生きていることを思う。

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昨日訪れた箱根だって、つい数年前に大噴火があったばかりだし、芦ノ湖もかつての火口だ。

火山の噴火、洪水、荒れ狂う海、猛威を振るう台風、そして灼熱の沙漠、それが自然の姿だ。

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豊かな実りをもたらすのも自然だが、自然は人々の存在などとは関係無く、それ自体が生きているかの様だ。

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昨日歩き走りした嶮しい石畳だって、何百年にも渡って人々が整備してきた人工の道だ。

そして箱根の杉並木だって、先人達が意図的に整備してきた風景だ。

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田園風景にしろ里山にしろ、私達が美しいと思うのは人々が手を加えた人工の自然である。

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厳しい寒さや強風が象徴的だが、自然の在り様は決して人間に優しい訳じゃない。

そして私達が心地よく生きられるのは、人間に都合よく作り変えられた人工の環境だ。

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それでぬくぬくとその環境の中に埋まって生活していると、本当の自然を忘れてしまう。

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まさに都市の生活はその様であって、自然など意識するのは稀であって、だからこそ「自然と共に生きよう」など言う言葉が力を持つ。

だからこそ私は、連日のように「砂漠の自然に耐えられる力を・・」と修練に余念ない。

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ぬくぬくと暮らした方が楽に決まっているが、それでは人生が面白くはならない。

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「この期に及んで何故自虐的な・・?」と言う人もいるが、なに自虐でも何でもなく、これこそが人生と言うものだと思っている。

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台風・嵐・地震・津波だろうが寒波であろうが、私達は何時もそうした自然と共存してるでしょ。

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あの険しい箱根路を、自分の足でかつてはみんな越えてきたんだ。

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砂漠だって、どうと言うこともない。

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2018年1月 3日 (水)

箱根古道をひた走る

休日フリー切符で朝一番の鈍行列車に乗り込んで、小田原の向こう国府津駅で下車した。

すぐさま街道に出ると、そこは黒山の人だかりで、復路の駅伝ランナーを待つ人々である。

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青学・東洋とその雄姿を見送って、私達は彼らの走ってきた方向へと向かって走り出す。

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私達とは、トモさんの呼び掛けに応じた11名である。

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走力の違いはあるものの、それぞれに箱根路を楽しもうと集まった仲間達である。

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小田原城や早雲寺、それに名物の蒲鉾など、途中の名所に立ち寄りながらの走り旅である。

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ただ箱根駅伝のランナーを見送ったのが9:30過ぎだから、行程はかなり厳しい時間だ。

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おまけに私は、例のリュックサックを背負ってのランだから、どうしても最後尾を追うことになる。

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それでも箱根の坂を登り切って、甘酒茶屋に着いたのは14:00頃だったか。

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熱い甘酒を戴いて体を温め、芦ノ湖まではもう一息である。

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箱根路は正月ということもあって、人も車も特に多く、それを縫って関所に到着したのは既に15:00を回っていた。

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陽の影り出す中、残りの三島までの20k をひた走らなければならない。

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それに気温は1度と極めて冷たく、かじかむ手を労わりながら、石畳の旧道を下る。

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実は今朝は腰の部分に重厚なバンソウコウを張ってきたのだが、これが奏功してリュックの痛みはかなり軽減されていた。

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何とか最後まで走れそうである。

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スカイウォーク辺りまで来ると、駿河湾に陽が沈む所で、この風情も中々によろしかった。

その後暗くなる頃には皆に置いていかれて、唯一人で暗い道を三島駅まで走ることになった。

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それでも18:00に三島駅に到着、予定の電車に間に合ったのである。

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ホームライナーの車中は、今日の反省と懇談の楽しいひと時になったが、それにしても

随分疲れたものである。

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2018年1月 2日 (火)

ふくを食す

今日は、もう何年になるだろうか、恒例になった新春遠州三山マラニックである。

袋井駅に集まったのは、40人余のいつもの仲間達である。

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交々に新年のあいさつを交換しつつ、今年一年の元気な走りを誓いあうひと時でもある。

一年一年、お互いの身の周りには様々な出来事がある訳で、そいつを乗り越えて毎年集まってくる。

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私にとってもこのマラニックは貴重なものになっていて、三山の神頼み以上に大切な集まりだ。

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とは言え、可睡斎、油山寺、法多山尊栄寺と、今年のチャレンジの完遂を祈念して回った。

いずれも「どこそこの太郎兵衛参上、今年の健康と砂漠レースに幸多かれ」と記念したのだ。

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人生、生きていればいつ何時何が起こるのか分からないのであって、こうして三山を自分の足で巡るなど、かなりの行幸ではないか。

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以前はそんなことは考えなかったけど、歳とともに「有難い」と思う様になっている。

ともあれ可睡斎の静寂、油山寺の古式、法多山の烏合などを味わいつつ、新たな一年を思っている。

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そお・・・特別変わったことがある訳もないが、日々之我が一日とすべく努めるしかない。

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一日が終わってこのブログを記す時、この一日がそれで良かったのかどうか、それを確認して行くことだ。

さすれば、いつ何時この世をオサラバするとて、悔いはなかろうて。

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報多山では、法多の団子(五体満足)を頂ながら、昔以来の一年一年を思い浮かべた。

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子供の頃からこの山には、元日のまだ暗いうちに寒さを乗り越えて参拝してきた。

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それが我が家の伝統の様になっていたのだが、いつの間にか時は移ろっていく。

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そして、その移ろいこそが人生なのである。

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年々歳々、この三山を巡りながら、人生の面白さと儚さを味わうのである。

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そう、そして今年は古希なる年で、思うに記念すべき素晴らしい年になるのではないかと思っている。

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2018年1月 1日 (月)

新春雑感

年の初めからいきなり雑感とは何事か、と思われるかもしれないが、そんな気分である。

実はこの所、年々物事への対応が雑になっていく。

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年賀状は一昨年から出さないことに決めているし、正月飾りなども面倒になって一切止めてしまった。

情緒が年々少なくなっていく訳だが、賀状や正月飾りなどと言うものは、物事の進歩発展への願望の露出だろう。

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その未来への願望と言うものが、歳とともに一種の刹那的方向へと転じている。

「人間、何時までも生きる訳でなし・・」と思ったとたんに、あんまり先のことはもう良かろうって気分になっているのだ。

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それよりも、目の前の課題を一つ一つこなすのが先決で、その喫緊の課題が砂漠挑戦と物語執筆なのである。

前者はエントリー以来様々な装備品を整えてきたし、それなりの訓練も続けている。

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だが問題は次々と起こって、例えば8k余の荷物を背負うリュックと体の相性だ。

色々と工夫しながら試してみているのだが、依然として腰の皮膚を痛めてしまう。

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荷重が特定部分に長時間かかると、当然ながら炎症をし始めるのだ。

リュックの背を補修したり、体に保護テープを張って保護したりと、未だに試行錯誤である。

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これも早急に解決させないと、現地に行ってから動きが取れ無くなってしまう。

英会話も残りの3か月余で、果たしてどこまで可能性を広げられるのかどうか、必死である。

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もう一つの遊びである処女作の創作は、もとより空想好きな私だが、

いざフィクションを書くとなると、中々登場人物が勝手に動き出すような具合に行かない。

ある程度のイメージモデルがどうしても必要となる。

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それをああでもない、こうでもないと想を練りながら楽しんでいるのだが、果たして物になるものかどうか?

・・・てな具合に、まぁ人生は楽しみながら、今年も気張らずにのんびりやろうと思っている。

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