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2018年1月31日 (水)

五万年の旅

私達の直接の先祖となったホモ・サピエンスの故郷は、アフリカ大陸南端近くだとされている。

このアフリカの南端から、五万年もの月日を費やして、南アメリカのパタゴニアまで、世界各地の五大陸に拡散したのた゜。

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しかもその移動と共に、少しずつその土地の環境に適合することを、知力で学びながら。

人間以外の他の動物は、自分の体を変えて幾つもの種に分化しながら、生き延びたのだ

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が、

人間だけは、自分たちの体を変えるのではなく、「文化的」な手段で分布を広げたのだ。

つまり寒ければ毛皮をまとい、海があれば小舟を作り、身を守るために武器を作り・・って具合に。

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何度もの氷河期だってあっただろうし、飢饉も乗り越えなきゃならなかったはずだ。

この五万年の間に絶滅した動物は数限りないが、人類はその生活スタイルを変えることで生き残ってきた。

植物を栽培したり、動物を飼育したりってことで、(他の動物は食料が減れば個体数を減らすのだが)

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食料を自分たちでコントロールできることが、彼らの数を確実に増やしてきたのである。

そうして今、私達の文化の力は限りなく発展し、月にだって行ける能力を備えたって訳だ。

それを可能にした唯一の秘訣は、知識を継承する能力だった。

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先祖の知恵を受け継いで、それに自分たちの工夫を加えて、限りなく維持・発展させていくことだ。

それには(言葉などの)知識伝達能力が不可欠だったろうが、それが可能になった故に私たちが今存在しているのだろう。

つまり私達の文化レベルは飛躍的に進歩はしたが、基本的な資質(能力)はほとんど五万年前と同じだってことだ。

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ともあれ私達のルーツは、アフリカ大陸の南端(ブロンボス遺跡など)にあるのだ。

そう・・・私は、その人類の発祥の地に向かう訳で、五万年前に彼らが辿ったかも知れない砂漠を、たった250kだけど走ろうとしている。

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今もナビブの一部には、原住民が半ば裸体で生活しているらしいが、彼らも私達と何ら変わっていやしない。

幾らか時間のずれはあったとしても、・・・五万年からすれば、それはさしたることじゃない。

I have a lot on my plate right now.

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2018年1月30日 (火)

老いは怖くない?

「老いは怖くない。目標を失うのが怖い。」と言ったのは、エベレストを降りてきた80歳の三浦雄一郎だ。

80と言えば大方がぼろぼろの老人で、医者に行く他は引きこもって、「もう、歳だから・・」って薬ばかり飲んでいる人が大半じゃなかろうか?

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そう目標が大切なんだなぁ~、砂漠行きを決めて以降すこぶる体調が良い。

そもそも目がかすむだの、血圧がどうのなんて言っているのは、すべて目標のない人だ。

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現実に私が証拠で、鼻の先に人参をぶら下げた駄馬よろしく、毎日がワクワクである。

この定年以降の10年は、随分色々とやってきたけど、それでも瞬く間だとも思える。

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このペースだと、私の人生もあっと言う間に終わってしまいそうである。

その人生の幕切れが、何時来ても良いという生き方がしたい。

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人は「お前は、100歳までも生きるよ」と言うが、現実にはコップの水は限られている。

それに I`t nou use. crying  over spilld milk. であって、常に自分のできることを精一杯やる他に人生の処方はない。

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本当言うとこれまでの私の人生は、あっちに気を使い、こっちに低頭して、正に細心の生き様をやってきた。

だからそれはもう卒業して、誰に遠慮がいるものか、自分にも遠慮せずにやりたいことをやる。

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極論すれば、これからのすべての時間を自分のために使うという、その決意である。

老後のために・・・冗談じゃない、人生に老後なんてある訳がない。

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何もできないようなヒナヒナと寝かされて、それで生きてたって、何が面白いのか。

だからもう、70過ぎたら自分を喜ばすために、そのすべての時間を使うんだ。

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英語だって自由に操れるようになるだろうし、そうしたら来年はニュージのグレイトレースを走ろうか。

そうそう・・・次々と夢を乗り換えて、ともかくこれからはド派手に生きようと思う。

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2018年1月29日 (月)

大自然の中に・・・

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宇宙(地球)46億年の時の流れからすれば、私達の命なんてケシ粒程の意味も持たない。

それでも私達は、無意味に威張ったり誇ったり、コケティッシュな生き方をしている。

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後生大事に、この宇宙が自分を中心に回っていると錯覚しているからだ。

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だけど本当は、人間もこの大自然のほんの小さな一つの自然にすぎないのだ。

私達が生きようが死のうが、或いは国が滅びようが、大自然にとっては歯牙にも関わらない。

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そんな大自然の営みの中に身を置いてみようと思ったのが、砂漠への挑戦である。

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砂丘の風に飛ばされる砂粒にしがみ付いて、自分がその砂粒を這い登る蟻ん子だってことを学びに行くのである。

ケシ粒ほどの命でも、それでも俺は生きてらいってことをね。

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人生100年時代なんて言われているけど、人が精一杯を生きられるのは75前後までだろう。

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あの詩人サムエルソンの青春では、人が老いるとは単に歳を取ることではなく、多分に心の若さだという。

しかしどうだろうか、どんなに情熱に燃えていようと体が動かなくなったら、それは詮無いことだろう。

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人は間違いなく歳と共に体力が衰えるもので、出来ることが限られてくるのである。

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而して、私に残された時間は決して多くはない訳で、青春を謳歌するとすればこの五年だろう。

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そして、それまでの間に何を成し得るのかが、正に私の人生であろう。

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それはそれ、炬燵にくるまってヌクヌクと過ごすのも人生だが、私はそれを選ばない。

激しく生きて、旅の途上で命絶えることがあっても、それは本望ではなかろうか。

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砂漠の旅は、私の人生の旅そのものだろうと思っている。

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2018年1月28日 (日)

人生の無駄

何時も回り道ばかりしてきたし、やることなすこと無駄ばかりだったような気もする。

自分でもそう思うことがあるんだから、利口な人から見れば、さぞかし無駄な人生に見えることだろう。

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毎日汗を流して山の中を走ったり、頼まれもしないのに街頭に立って旗を振ったり、更に今度は70にもなって砂漠を7日間も走るという。

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無駄というよりも、気が狂っているのではないかと、そう思われているらしい。

しかし利口でスマートに生きる人は、案外燃えることができない。それは燃えて生きるためには愚かさが必要だからだ。

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幸いに私は十分に愚かで、過去の馬鹿や愚かなことは思い出すことができないほどある。

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その上に、更に馬鹿を日々積み重ねているのである。

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そもそも、生きることそのものが無駄ならともかく、人生に無駄なことなんてあるのだろうか?

今になって思えば、全国各地を汗を流して自分の足で走ったことが、何時の間にか味わいになっている。

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この十年余、毎日街頭に立ち続けたことが、私の規則正しい生活の規律になっている。

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ことほど左様に、人生には無駄など無いのである。

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ところで今日は、恒例の掛川城下町駅伝の日である。

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132チームが、山内一豊の出世城で知られる掛川城下を疾走したのである。

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当然ながら見渡せば選手は若い人が大半で、或いは私も最高齢の部類であった。

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流石に若い人には適わない面があるが、それでも何の、痩せ馬は痩せ馬なりに走ったのである。

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そこは日々の積み重ねが十分ある訳で、どやら老いるとは単に年を取ることではなさそうである。

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さても向後の十年、思いっきり無駄を生かしていこうと思っている。

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2018年1月27日 (土)

人生は、にこにこ顔で命がけ

今日は恒例の勉強会で、平沢興語録「生きよう。今日も喜んで。」を教材に、標記の境地について思いを馳せたのである。

何時も仏頂面の私なぞは、微笑みを絶やさない生き方など夢のまた夢だが、どうやらそれは物事への感謝の心次第らしい。

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そもそも私達の体は、50億個もの細胞の共同作業で成り立っているが、そいつが喧嘩もせずに一致協力してくれていることに、先ずは感謝しなければならない。

確かに、私達がこの大宇宙の中で生きていることは、それは大きな不思議であるのだ。

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殊に私なぞは、既に社会的にも解放されて70歳を迎え、自分との対話のできる絶好の時を迎えている。

「自分とは、何か」ってことを突き詰められる条件を、体力・知力共に満たしているって訳だ。

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私もずう~っとヘマばかりやってきたけど、それも含めて燃えるような実行力こそ全てだと思っている。

それに人生にも四季があるらしく、青年期、成熟期、老成期、そして林住期でしょうか。

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さしずめ私もその最後の季節を迎えている訳で、この一日一日の行動が人生のすべてになっている。

そして思うのは、利口な人と言うのは燃えることができないけれど、私程度の愚か者なら何事にも燃えることができるということだ。

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そして、その愚かさの中にこそ、生きる力が有るのではないか。

人は希望(目標)があればどんなことにも疲れないし、その希望の内容こそが人間の人格を創るのだろう。

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そう私も、情熱と創造(精一杯)の人生でありたいし、その為には実効あるのみだと思う。

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目標があるからこそ忍耐が生まれ、そもそも目標がなければ何事も成し得ないだろう。

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而して、人生というものは自分の生活習慣の織物なのである。

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人間も大自然の中の一つの自然であって、いずれその自然に帰って行くのだが、多分「希望(目標)」というものを持てるのは人間だけだろう。

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そして、その希望の内容こそがその人なのだ。

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2018年1月26日 (金)

本願寺にて

信心には誠に疎いのだが、その宗教の歴史にはいささか興味をひかれる。

特に戦国期において織田信長たちを悩ませた一向宗、石山本願寺(現在の大阪城)だ。

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宗教の恐るべき力を見せ付けた訳だが、最後には顕如は和睦に応じることになる。

この時徹底抗戦を主張したのが顕如の長男教如だった。

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ともあれ時代は進んで豊臣秀吉が天下を取ると、顕如の三男准如に土地を与え(西)本願寺

が誕生し、親鸞を宗祖とする浄土真宗の本拠地となるのである。

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ところが徳川へと時代が変わると、本願寺派の力を削ぐ意味もあって、長男の教如に土地を与えて東本願寺を設立したのだ。

秀吉の廟所のある阿弥陀が峰と西本願寺の間に、東本願寺と言う楔を打ったとされる。

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而して、今日の東西本願寺の並立する京都の姿が出来上がった訳である。

実は先日野暮用で京都に立ち寄った折、時間があったのでその東本願寺に立ち寄ったのである。

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・・と言っても、目的は本廟から東へ500mほど離れたところにある渉成園であった。

この土地は徳川家光が寄進した土地で、九世紀末には左大臣源融(とおる)邸の遺跡ともされている。

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そしてここは東本願寺の下屋敷として、歴代上人の隠居所として回遊式庭園が整備されている。

もっとも現在の諸々の建物は、1864年の蛤御門の変による炎上以後に再建されたものだ。

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その後明治天皇の御小休所となったこともあって、閑静な庭には数寄屋風の書院や茶室が連なっている。

庭園は「渉成園十三景」とも言われて、1827年に書かれた頼山陽の「渉成園記」にも詳しい。

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京都駅のほど近くにこんな庭園があるとは知らながったが、春や秋には中々のものだろう。

ともあれ、巨大な教団を率いる上人が、かくも整った自然美の中で晩年を送ったことを思う。

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人は様々な遍歴をたどるにしても、最後は穏やかな自然の中に最後を迎えたいのだろう。

自然との一体感に包まれる世界に入って消えていくのなら、それに勝ることはないのだから。

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2018年1月25日 (木)

若さの尻尾

今時の70歳が、一体全体どの程度の年寄りなのかということが分からない。

まだまだ小僧っ子のような気もするし、相当な年寄りなのかも知れないと思ったりもする。

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今日もおっそろしく寒い日だったけど、裸に近い格好で雪の残る山を3時間近く走り、

手先が凍傷でポロリと落ちるかって思いをしながら帰ってきて、ホウレンソウの収穫をした。

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これは毎日の日課だから何と言うこともないが、普通の70歳がすることではなさそうである。

人生に意味を求めても仕方ないが、人生の味わいなら人それぞれ無数にあるのではないか。

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歳を経ることで味わい深くなることが、変哲もない日常の中にも、それは色々とあるからだ。

今朝は良く晴れて、私の立哨する所の建物の日陰が昨日よりも10cm 短くなっていた。

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おっ、こんなに寒いのに春がまた一歩近づいたって、そのささやかな喜びだって感じることができる。

つまり、当たり前の日常のその中に、微妙な味わいを感じられるようになっている。

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これは言うならば、私も年相応に老成してきた証拠ではあるまいか。

しかし一方に、頑固に老化を否定する貪欲さが残っていて、或いは往生際が悪いのかも知れないが、生きることを諦めてはいない。

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考えても御覧じろ、今時の人間が精一杯動き回れるのは、それはやはり75歳前後までだろう。

それは私にとっての残された5年間であって、遮二無二行動するしかない時間なのだ。

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そして人生のしっとりとした味わいは、その全てをやりつくした後でよろしかろうと思うのだ。

思えばずうっと仕事仕事でそいつに没頭してきた訳で、今やっと自分の時間を謳歌している。

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それに古稀を過ぎれば、いつ何時この世をおさらばする時が来ても不思議ではないのだ。

しからばもう何も怖いものはない、精一杯の自分を生きるのが今なのだと思う。

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2018年1月24日 (水)

私の娯楽

記録的な寒波襲来とかで、外は(雪国とは比べるべくもないが)強い氷風が吹いている。

その寒風の中を午前中は走る訳だが、歳の故か手先が冷たくてたまらない。

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本来、懸命に走れば血液の循環が良くなって、手足も暖かくなるのだが、如何せんこの寒波では冷たいままだ。

今日の世の中は至る所に娯楽が溢れていて、娯楽が人生の日常になりつつある。

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だってTVやスマホ、ネットに食、スポーツに会席ってな具合の毎日でしょ。

娯楽のために生きているかのような世相だが、隠居の私の娯楽は「走る」ことだけだ。

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耐え忍ぶ仕事なんてのはとうに無くなったし、敢えて娯楽で耐え忍んでいるのだ。

寒風にほぼ裸身を晒して3時間近く山を走るんだから、これは一種の修行かもしれない。

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だが私にとって、ランはまごうことなき娯楽(一日のメリハリ)なのである。

因みに私は、パチンコはおろかゲームも酒場にもTVやギャンブル にも縁がない。

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娯楽は、走る事とこのブログを書くこと、それにホウレンソウやブドウを育てることだ。

そう…娯楽とは本来、外から提供される刺激のことではないのだ。

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自分で作り出した世界の中で遊ぶからこそ、娯楽足りうるのではないか。

だから、隠居して何もしないで過ごす人に、本当の娯楽などありはしないのである。

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娯楽とは楽しいことの同義であって、楽しければ飽くことのない行為だろう。

この点現代人は、アミューズメント化してしまって、何が娯楽か分からなくなっているようだ。

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こん春ナミブ砂漠250kを走るのも、私にとっては大いなる娯楽であって、その為にワクワクとした日々を送っている。

今日も長い長い英文を翻訳し、そいつを噛みしめながら砂漠レースに備えている。

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而して人生とは、娯楽であれ仕事であれ、自分のすべきことを見定めて、そしてするべきことをするってことに尽きるのではないか。

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2018年1月23日 (火)

そして何かが動き出す

動き出すのは地震でも川の流れや気象でもなく、自分自身の生き様のことである。

人には寡黙な人や饒舌な人、前向きな人やその真逆な人、短気やおおむし、のんびり屋だったりセッカチだったり、それはもう様々な人がいる。

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そして、その性格とも言える行動様式の多くが、自己実現の表現型ではないかと思う。

人は自分ってものを、この世の中でどう演じていくのかってことを無意識に考えていて、

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例えば無口な人は、自分の欠点を表出しないような立位置を何時も保とうとしている。

或いは短気で怒り性な人間は、自分の弱さを隠すための虚勢だったりもする。

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つまり、この自分が世の中にどう映っているのかを、姿見に写すかのように、その自分の姿を意識せずに演じているのだ。

我が道を行くつもりで生きてきた私だって、ことほど左様に、そういう自分の心の奥底が行動を差配していることが多い。Img_8888

そうしてその無意識な心の奥底を決めているのが、実はその人の目指すもの(深層心理)なのではないか。

目指すものってのは、目標や希望と言い換えてもよく、例えば企業のトップを目指すと決意しているなら、Img_8889

無意識のうちにその為の様々な(あるいは思いもかけない行動)努力が始まっている筈だ。

あなただって人を好きになれば、その顔付からして変わってくる筈だよね。Img_0122

直近の私なら、砂漠を目指すと決めた瞬間からそれに関連する諸々が動き出していて、

英会話もその一つに過ぎないが、これまで何度も挫折してきたのに、今回は夢中になって取っ組んでいる。Img_0015

どこまで可能かは分からないが、既に幾つかのハザードを乗り越えたのは事実だ。

確たる動機こそが、人をして様々な困難を乗り越えさせて目標へと近づけてくれるのだ。Img_0118

たかが遠い異国での異次元のレースに過ぎないが、それで自分の気持ちも日々の行動も大きく変わったのだ。

普通なら大変だなぁ~と思うことも敢えて取り組むし、気持ちは常に前を向いている。Img_0128

目標を持つと言うことが、それが困難であればあるほど、人の心の奥底に反映して、

そしてこの人生の何事かを動かしてくれるのである。

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2018年1月22日 (月)

過去の時間

「過去の時間に拘泥したくない」そんな思いで、昔の職場関係の付き合いは極力断ってきた。

だが先日の会だけは脱会もせずにいて、久し(4年)ぶりに出席させてもらった。

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集まるのは四十年近くに渡って苦楽を共にした昔の職場の仲間で、それはそれ個々にクローズアップすれば様々な思いがある。

それは共感や共鳴、尊敬や畏怖、そして時には対立や競争、怨嗟や妬み、はたまた掛けがえない仲間でもあった。

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それが職場を去って十年余、再び顔を合わせるとあの当時の様々な場面が浮かび上がる。

それはもう遥か昔の話のはずだが、人間の記憶脳はなお鮮明な映像を残している。

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そうした諸々は既に懐かしさの域にあるのだが、やがて話は今・今日に移っていく。

人間は、昔の事はともかく、今の方が遥かに肝心なのである。

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私にとってその最たるものは、その人の心がどこまで成熟しているかに尽きる。

勿論、三つ子の魂は消えるものではないが、その上に如何ほどの人間としての厚みを増したのかだ。

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私と共に演じてきた歴史はともかく、興味はむしろその後の人間としての生き様にある。

とは言え、驚くほどの成長を見せる人は少なくって、あの時代で全てを使い切っている印象が濃い。

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人間は幾つになったって、「三日会わざれば刮目してみよ」でありたいと思っている。

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もうこの歳になれば虚飾なんて通用しないし、その人の人生はそのまま顔に現れている。

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ともあれ、私の人生にとって掛け替えのない人達との暫しの再会は、時の流れを嫌が上にも思わせるし、改めて昔を思い出す機会になった。

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そして人は年々歳を経るのであって、その事に能天気ではならんと自覚したのである。

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2018年1月21日 (日)

人生の句読点

ここ数日の暖かさは誠に有り難かったけど、明日辺りから極め付きの寒波が襲来するらしい。

寒波や大雪は大変だけど、やはり冬は冬らしい方が良い。

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夏には夏、秋にはと言ったキチッとした季節の到来をこそ、私たちは望んでいる。

それはどうやら、決まりきったことへの安心感のようで、その手順を踏むことに安心を感じている。

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それは、突然の地震や風水害への不安とは、全く正反対の事象である。

ところで規則正しい季節の巡りとは違って、私たちの人生は泣いても笑っても一回きりである。

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私にとっての今日という日は二度と訪れないし、だからと言ってその流れを留めようもない。

増して向後の残り少なくなった身にとっては、過ぎ去ることのない不易を求めるのだ。

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いやさ、そんな金やダイヤモンドは得難いからこそ、過ぎ去っても巡り来るものを希求する。

季節は正に、その過ぎ行く私たちの人生の句読点のようなものだと思う。

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毎朝の立哨はまだまた当分日陰だが、その日差しがじりじりっと私の足元に近づいてきている。

多分立春の頃には、陽光を浴びて「おはよう!」と叫んでいる筈だが、春はもうあそこまで来ている。

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確かに私の人生は一回限りだけど、この季節は更に限りなく巡り来るのだろう。

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精一杯生きてきて、もちろん今だって懸命に生きようとしているけど、だけど私の人生はこの程度さ。

そして、それで良いのだと思う。ちゃんと、季節は巡ってくるんだもの。

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あと100日

ナビブの砂漠レーススタートまで、今日で残り100日となった。

それで今日は、東京の舞浜(ディズニー)のレストランで結団会と言うか、情報交換会があった。

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その舞浜のスクエアーがなんともエキゾチックで、いざナムビアを思わせるものだった。

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今年このレースを走る予定の10人のうち6人が顔をそろえて、それはそれは有益で楽しいひと時になった。

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運命を共にするだろう仲間は、それぞれに気迫をもって前向きに生きている皆さんで、

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私も改めて「よし!」と言う気持ちになったのだ。

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その中のTSさんと話していると、彼の口から「人生のゴール」との言葉が漏れてきた。

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「人生には、何処かにゴールがあるだろう。それまでの間に何ができるか、それがその人の人生でしょ。」と言うのである。

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確かにその通りなのだが、でもしかし、人間はそんな風に構えて生きていやしない。

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それで敢えて、自分の越えるべきハードルを設けるのだと。

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人間は、目標がなければ、何事も達成出来やしないのである。

そう・・、そういう意味で私と全く同じ心持であって、同質の人間に巡り合うことができたのだ。

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そもそも人間は気持ちで生かされるものであって、その6人がそれぞれ同質な人間だってことも分かって、

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何だか完走を担保されたかのような気持ちにもなったのだ。

この仲間とともに、砂漠の様々なハザードを乗り越えてゆくのだが、それがいよいよ楽しみになってきた。

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今日の舞浜は、ナビブへの記念すべきスタートラインになったのではないか。

ともあれ残りの100日、体力の増強とともに、英会話も何とかもう一回り努力せずばなるまい。

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I have a lot on my plate right now. ともかくも、残り100日だ。

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2018年1月19日 (金)

人と人

このブログは、その題名(モノローグ)のごとく、正しく独り言である。

一人で黙々とボケ防止のつもりで書いてきた訳だが、それがもう4300日近くになっている。

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そう、既に12年が経過しつつあって、だから私の身の回りの環境も随分と変わった。

この間、リーマンショックや政権交代、そして東日本大震災などもあって、正にそれらが走馬灯のごとく明滅したりもする。

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だけどこの間に最も大きく変わったのは、人と人の関係ではないかと思っている。

当然ながらお付き合いする人の顔ぶれは劇的に変わり続けたし、私の立ち位置だって次々と変わった。

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この間、職場を四回変わったし、自治会や連合会の役員もたっぷりと経験したのだが、

時にはその変化に対応できずに、戸惑ったことだって何度かあった。

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そしてその多くが、人と人に関することであって、何時の時代だって人付き合いは難しい。

そもそも人にはそれぞれの品格があって、価値観の違いというか、感性が違うのである。

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しかしながら、「人間は人間であることにおいてことごとく平等」だと思って(勘違いして)いて、

横柄な我儘を通したり、欲望や嫉妬を権利や正義と主張して憚らなかったりもする。

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だからこそ人付き合いは千差万別で面白くもあるのだが、一面では辟易することもあった。

ともあれ一億総中流と言われて、みんな同じようなものと思っていた私にとっては驚きであった。

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残念ながらこの社会は、努力次第で少しずつ格差の生まれる社会であって、

それを不満として怨嗟するのは筋違いなのだが、本人はそうは思わない。

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どうやら人間には、明らかに貴賤が存在するようなのだ。

さてこそ人生100年時代、どんな人間と寄り添って生きるべきかを熟慮せずばなるまい。

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2018年1月18日 (木)

人生100年時代を生きる

生きるとは老いることに他ならず、誰でもとにかく生きていれば老人になる。

政府がその高齢者(老人)の定義を見直して、65歳から幾分引き上げるらしい。

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その動機は、懐具合(年金財源)は勿論のこと、少子化の結果としての労働力不足かな。

みんな長生きするんだから、高齢者にももっと働いてもらわにゃやって行けないと言う事だ。

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しかし老人という言葉は、老人ホームとか老人病院、更には老化のイメージがあって、差別用語の様でどうにもいただけない。

それに痴呆老人とか、老人の犯罪や交通事故などと、とかく社会的厄介者扱いだ。

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せめて年寄りなら、大老とか老中が江戸期には幕府の取締役だった訳だし、これはまだ許せる。

ともあれどうせ見直すなら、年齢だけではなくて、高齢者の社会的役割をクローズアップして欲しいと思う。

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高齢者ならではの仕事や役割も、よく見渡すとかなり広範にあるのではないか。

例えばホテルなどの接客業、コンビニやスーパーのレジ、経験を生かした諸々のカウンセラーetcである。

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昨今あの団塊の世代が、一斉に古稀の峠を次々に越えつつある。

その年寄り具合は千差万別だが、既に終わりつつある人がいる一方で、まだまだ元気溌剌何でもできる人だって多い。

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現実にこの私だって、まだ五年やそこいらは十分現役でやっていけると思っている。

その証明のためにも、過酷な砂漠レースを完遂しようとしているのだ。

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これまで兎角人々は、その人生の価値を若さ故の快楽にあると考えてきたようだ。

しかしどうだろう、人生100年時代を標榜するなら、この価値観こそを覆さねばなるまい。

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社会的役割を果たしつつ心身共に老熟してゆくなら、それを社会的価値に高めることが必要だ。

「あのも人80になるけど、元気で活躍してるなぁ~」って、みんなが拍手するようにね。

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この私はまだまだ年寄りにしては若過ぎるが、いずれは自分に似合った年寄りにならねばなるまいと思っている。

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2018年1月17日 (水)

百花繚乱!?

下世話にと言うべきか、細君に誘われるままに、JAの年金友の会のショゥに出かけた。

地元のJAが二年に一度開く大会とかで、初めてその小林幸子ショウなるものに臨席した。

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最初にJA理事長の挨拶やら、警察のPRコントがあったが、集まった観客は須らく幸子が目当てだ。

その小林幸子、芸能活動がなんと53年になるのだそうである。

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いやさ感心したのはその年齢ではなく、53年も歌い続けられたその性根だ。

堂々たる歌手人生を謳歌してきたと思いきや、随分と下積みの時代もあって、それが今日の人間味に繋がっている。

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人間50年も同じことをやっていればそれなりのことは出来る筈だが、流石にプロであって、幸子の百花繚乱を見せてもらった。

いや、十分に楽しませてもらったと言うべきだろう。

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それで思ったのは、わが人生の70年の遍歴である。

もとより起伏の激しい芸能人と比べるべくもないが、我が百花繚乱は何処にありやと言うことだ。

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それは人の前に立って得意満面講演したり、厳しく職員を叱咤激励したことだってもある。

だけどそんなものは、過去のほんの一瞬であって、本当の自分の実力であったのかどうか?

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それは人には誰だって、晴れの日雨の日、それは様々な遍歴があって当然だ。

私だって、それはそれなりに海山谷川を越えてきたつもりだが、それが何だって感じだ。

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色々波乱万丈あったけど、今は平穏無事に日暮らしている。

毎朝挨拶を交わす子供達の目には、多分私は一人の好々爺に映っているに違いない。

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とまれ人間というものは、それぞれに精一杯の人生を生きる他ないのである。

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2018年1月16日 (火)

存在の不思議を思う

自分が存在しなければ、今見えているこの世界は存在しない。

そして人生とは、自分がこの宇宙(世界)に存在していると言うことでしかない。

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その存在自体(寿命)には長いも短いもなく、ただあるのは「今」だけである。

だから今をこそ精いっぱい充実して生きられれば、悔いることなんて何もありはしない筈だ。

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・・・とそう思って、もう既に70年も人生の時を過ごしてしまった。

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そろそろお仕舞にしても良さそうなものだが、私の体はまだまだ若いぞって言っている。

いやさ、確かにシワが増え、髪が薄くなって、時には動作だって鈍くなってはいるだろう。

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そいつを認めたとしても、どうも年齢ばかりが先走っているような気がするのだ。

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この古稀という年齢を、どうにも受け入れることができないでいるようだ。

そもそも生物は須らく時間に従って老いていくものだから、私だって例外ではあり得ない。

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しかしながら人生100年時代がそこまで来てて、どうやら体も心もそっちに傾斜しているようだ。

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而して自分の年齢をふさわしく感じ、ふさわしく振舞うのは、まだまだ当分先のようである。

その時が訪れたなら、その時にこそたっぷりと老年の面白さを味わってやろうと思っている。

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ともあれ私の人生は、その世界の終わりの時が来るまで延々と続くのである。

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加齢に対する無駄な抵抗を、ジタバタとやっている訳では決して(断じて)ない。

この世界に存在している限り、出来ることをやらなくって何としようか。

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と言う訳で、何だか私の人生はどんどん面白くなっていくような気がする。

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2018年1月15日 (月)

自然(世界)と自分

昨日は少しばかりの間、あの白一色の異空間に身を置いたのだが、大げさに言うと「世界の存在」ってなことを考えていた。

朝起きて周りを見渡せは、そこには多分何の変哲もない日常の風景が広がっている。

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朝が来てやがて夜になり、海があり山があり、時に嵐や吹雪があって、夜の星が広がる。

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突然この世界が変わってしまうなんてことはなく、100年前も同じで、その世界が続いている。

その世界の中に抱かれて、私達はこの世に生まれ、生き、そしてあるとき死んでゆく。

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そういう繰り返しによって、そこにどんな意味があるのかは別にして、人間社会は面々と続いてきた。

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一個の人間にとっては死ねば全てが終わりであって、その人間が何をしたかなど、すぐに忘れられてしまう。

それでも、私たち一人一人は、懸命にこの世を生きるのである。

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昨日も凍てつく雪の山に登り、その寒さに自分の生を改めて自覚していた。

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人間がこの世に生まれて生きる客観的な意味は、それは只ひとえにその懸命さにあるのではないかと。

樹氷の育つ雪の中で、風の力で移動する砂山を連想していた。

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高さ300mほどもある砂の峰が、そろりそろりと移動していくのである。

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人間は産業革命以降、確かに自然をコントロールするかのような実に大きな力を手にした。

だけど昨日の高見山にしても、神武天皇の頃と多分何も変わってはいないのである。

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ただ、私たちが世代代わりしただけだ。

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私の行こうとしている砂漠だって、アラビアのロレンスの頃と寸分も変わっちゃいないだろう。

かどれ程の人が、その砂漠とどんな関わりを持ってきたかだって、誰も知らない。

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自然のあまりの大きさの前には、一個の人間が生きて死ぬことに、さほどの意味があるのかどうか?

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そいつを確かめに、私は砂漠に行くのだと思っている。

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2018年1月14日 (日)

厳寒なればこそ樹氷の山へ

今日は全国的に冷え込んで、冷蔵庫の中にいるような寒い一日だった。

そんな折、敢えて霧氷・樹氷で知られる奈良は吉野の高見山に登った。

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高見山は、近畿のマッターホルンとも言われるほど、山麓からの眺めもひときわ美しい山だ。

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標高は1,250mほどしかないが、マッターホルンにはない樹氷が見られるのである。

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日本海からの冷たい風がこの辺りを吹き抜けるらしく、この山には美しい樹氷が育つ。

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朝は暗いうちから奈良に向かい、登山口のたかすみ温泉に着いたのは10時だった。

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気温は氷点下2度とブルっと身震いする寒さで、もう登る前から指先が凍えていた。

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7人の仲間とともにその凍てついた登山道を登り始めたのだが、直ぐにアイゼンの着用が必要になった。

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この数日来の寒波ですっかり雪化粧していて、奥深い雪国に来たかのようであった。

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その雪が登るに従って、樹の枝に積もったボタン雪から霧の結晶した霧氷に、さらに登ると樹氷へと変わっていく。

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ただしかし、麓でマイナス二度は山頂ではかなりの温度になっていたはずだ。

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私のウオーターボトルは吸い口が凍ってしまって、水を飲むこともできなかった。

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ともあれこの山は歴史の古い山で、太古の昔神武天皇が山頂近くから大峰山系などを睥睨したことから、高見山とされたらしい。

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樹氷と言えば蔵王などをイメージするのが一般的だが、奈良の奥の院にかような名所があるのだ。

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登ること三時間弱、午後1時近くに山頂に着いて、その景色にしばし圧倒されされていた。

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しかして山頂は銀座の賑わいに近く、あまりの寒さとも相まって早々に下山と相成った。

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下山は雪を滑るように走り下りて、1時間15分ほどで麓のたかすみ温泉にたどり着くことができた。

もちろん、温泉に入って冷えた体を温めたのである。

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今日は、寒ければ閉じこもるのではなく、敢えて寒さに挑戦する爽快さを十分味わうことができたのである。

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2018年1月13日 (土)

老いの予兆

それは当たり前のことで、人は誰も老いてやがて死ぬことになっている訳だが、それは突然私の中に現実となって表れた。

何かどこぞが悪くなったと言う訳ではなく、それは多分に精神的なショックなのだと思う。

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昨秋に古稀の大台を迎えたのを契機に、猛烈に「時の印」が必要だと思うようになった。

私達は基本的にマンネリ(惰性)に則って生きていて、実はこれはうんざりする程退屈かもしれないが、

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何の変哲もないこの十年一日が、私達に安定や安心を醸し出してくれている。

この惰性の中にいれば、余分なことは考えなくて済むし、日々の諸々は惰性の中に埋め込まれてしまう。

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だが定年退職など大きな節目を迎えて、その惰性が途絶えると俄かに、そこには異なった景色が現れる。

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その異なった景色が惰性になるまでは、孤独なのか不安なのか、いささか複雑な心境の中で生きなければならない。

私の場合、古稀という年齢の峠と社会的なリタイアが、昨年一気に訪れたのである。

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なぁに定年など既に経験したことと思っていたのだが、これが老年入りと一緒になったことで幾分ダメージが大きかったようだ。

そもそも男の平均寿命は80歳であって、これに沿うなら余命は10年しか(も)無いことになる。

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これまで無限に生きると思っていたのに、おぉ。・・残り10年かぁ~と言う驚きも大きかった。

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それで考えた10年計画が、5年はこれまで通り全力疾走の限りを尽くすことと、後の五年は徐々に速度を落とすことだった。

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特に前半の五年は、五年後では出来ないことを集中してやろうということである。

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砂漠レースへの挑戦や自分なりの文学への取り組みも、その一端に過ぎない。

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つまり出来ることをすべてやって、その後に然るべき老人になろうという算段である。

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長生きなんてする必要はないが、この世を十分に生きることこそ肝要なのだ。

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それは言うまでもなく「生の充実」だから、この一日一日が勝負だと思っている。

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2018年1月12日 (金)

年頭視閲

消防なら出初め式に当たるこの警察の行事は、実に凜々しく頼もしいものだ。

今年の視閲式は、何時もの河川敷や公園ではなく、初めて屋内(グランシップ)で、多くの市民が見守るなかで開催された。

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参加した各部隊の中でも、警察学校を卒業する人たちにとっては初めての公の場であり、その緊張の程も見て取れた。

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人口370万人余の静岡県に6,000人の警察官が在籍していて、交通を含めた治安を担っている訳だが、

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この数は決して(後進国と比べるまでもなく)多いとは言えないと思う。

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しかもこの15年間、民間の防犯活動が活発化しているとはいえ、刑事犯の数はずっと減り続けている。

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このところの交通事故の減少傾向とも併せ、世界に類を見ない治安を実現していることになる。

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それもかなりの部分で、彼ら警察官の活動に負うところ大なことは言うまでも無い。

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日本の警察制度は、明治の初め薩摩の川路利明が中心になって、フランスに学んだものだ。

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だがその後の西南戦争では、戦役の一端を担った時代もあったし、戦前のオイコラの時代も長く続いた。

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しかして今日、警察官の言葉遣いも動作振る舞いも大きく変わった。

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まさにひとり一人が、市民のための警察を意識して活動するようになっている。

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更に今では各警察署に一般市民による「警察署協議会」が設けられていて、折々に警察活動に対して意見を言うような仕組みになっている。

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警察に対して文句を言うのはなかなか難しいものだが、それでも委員の皆さんは率直な具申を続けている。

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これも継続が力になる訳で、事実私の警察に対する認識も大きく変わってきた。

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警察官には職業上のハザード(リスク)も多い訳だが、彼らはそれを乗り越えて日々努力もしている。

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今日の視察式を通して、そんな姿がひしひしと伝わってきたのである。

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2018年1月11日 (木)

細やかな喜びと楽しみと

昨年から野菜が高騰しているからではないが、毎日ほうれん草の部屋に入ってはにんまりしている。

ほうれん草は今シーズン2作目だが、一作目よりかなり順調に順序だって育っているからだ。

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概ね10日毎に一列の作業を進め手いて、その順番に整然と育っていて、つまり自分の労働が形となって表出しているのが嬉しいのだ。

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外の畑に出れば、これまた白菜やらキャベツがずらりと顔を揃えている。

汗をかいて作物を育てることの面白さというか、これは何物にも代えがたい営みである。

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汗をかくことでは毎日のランも同じだが、こちらは自らの鍛錬であって喜びとは少し異なる。

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喜びや楽しみというものは、自分自身に満足してそれに心満たされている状態のことだ。

人間こいつが無いと人生やってられない訳で、それは四季折々の風物であったり、食や交友だったりもする。

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こいつがある限り夫婦円満で、他人への悪意は生まれないし、世の中だって平和になる。

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つまり、私達の不幸の原因は、喜びや楽しみが足りていないからだ。

・・・と言うか、細やかな喜びや楽しみを見いだす力が不足しているからだろう。

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私の葡萄達はすっかり整枝が済んで冬景色、こちらは3月まで暫くお休みである。

ともあれ、何に楽しみを見いだすかは人それぞれ、自分なりの形を創ることだと思う。

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而して私も、自分の楽しみ作りのために、毎日奔走しているって次第だ。

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2018年1月10日 (水)

活力の源泉

植物なら芽を出し花を咲かせ、実を成らせようと全てが競い合っている。

動物だってそれぞれ自分達が生きると同時に、子孫を増やそうと懸命に努めている。

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そもそも、およそ生命あるものは、自ずと生きているその力を放出しようとするものだ。

時にそれは腕力であったり、精神力、生命力、はたまた知力や判断力だったりする。

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そして保身は、その生きようとする結果だとされている。

しかして近頃の人間社会では、その生命の根源である繁殖すら疎かにされ始めている。

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その原因は色々あるかも知れないが、根本的には戦後の間違ったエゴイズムにある。

言うまでもなく私主義であり利己主義、「自分」の利益だけに価値があるって考えだ。

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本来人間も動物だから、性欲を始めとして支配欲や我欲があって当たり前だ。

ところが自己保全が極まって、生命としての我欲(生殖や自己主張)までが希薄になっている。

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自分なりの意見も持たずに他を批判することに安住し、常に付和雷同で良しとする。

当然子供の数は減る一方だが、つまりこれは生命力衰退の兆しなんだろう。

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ところで人間はほとんど全ての人々が、自分のことを最優先させるエゴイストだ。

メセナであれ慈善活動やボランティアだって、突き詰めれは自分のエゴに行きつく。

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そうしてエゴは、動物が生きようとして、その根本が生み出す健全な欲求なんだと思う。

健全なエゴイズムが求められる所以である。

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私も御多分に漏れず、長いこと自分を殺して生きてきたが、「もう、良いでしょう!!」って感じだ。

自分のしたいことをして、精一杯自分の生きようとする力を羽ばたかせようと思っている。

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2018年1月 9日 (火)

自らを知る

「あなたは、どんな人?」って聞かれて、果たしてすらすらと答えられるだろうか?

余程の自信家ならともかく、自分よりも他人について聞かれた方が答え易いのではないか。

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最も身近な存在である筈の自分だが、なかなかこれが分からないのが自分自身だと思う。

もとより最初から「自分」などありはしないし、自分は自分で創り上げるものなのだ。

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自分で努力して創ることをしなかったら、自分などどこを探してもある筈もない。

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しかるに今時の人達は、どうも自分を持ちたがらないようだ。

自分の考えを持たないというか、自分の考えを持てない、或は持とうとしないのである。

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マスコミを鵜呑みにしたり、誰かに依存することで、それが自分だと思っていたりする。

その方が楽だが、要するに自分を軽く見ている訳で、結果として他人をも侮るようになる。

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だから、先ずは勇気を出して自分を信じ、そして何事も行動してみることだと思う。

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実は団塊の世代のことを考えていて、彼らはそれぞれ70歳の峠を越えようとしている。

長年の会社勤めから解放されて、願ってもない自由を手にしたのだが、はて何をすべきかと戸惑っている。

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かつてあれ程欲していた『自由』が、実は最大の重荷になっている。

どうも人間には、人を服従させたいという気持ちと同時に、誰か強いものに服従して(酔って)いたいという気持ちがあるらしい。

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誰かに従っている方が楽ちんってことで、ナチスなど強力な指導者を求める心理の根源でもある。

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ともあれ自由を得たからには、他人の揶揄などの無駄は止めて、これを自身が縦横に活かすことこそ肝要だろう。

私自身も、この10年こそが我が人生の本当の勝負だと、その自分創りに取り組んでいる。

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2018年1月 8日 (月)

駱駝さながらに

駱駝に追われて、砂漠で喘ぎ苦しむ夢を見た。

駱駝の背には幾つもの荷物が載せられていたが、それでもその足が鈍ることは無かった。

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同じく荷物を背負って、もうへたりかけている私を、その駱駝は黙々と追いかけてくる。

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それは正に、荷重を少しずつ増やして砂漠レースに備えている私そのものだった。

「人の世は、重荷を背負いて行くがごとし・・」とは、家康の言葉だったか?

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そもそも私達は、自分がどれ程の重荷に堪えられるのか、それすら知らないのである。

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大抵は自分に出来そうな事しかせずに、安穏に日暮らして人生を終わるのが常だ。

死はいずれやって来るのだが、その前に自分の持つ限界を知るべきではないかと思った。

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自分に何が出来るのか極めるのが人生だと思うし、それには試してみる他ないだろう。

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思えば私も、ずうっと背伸びをして生きてきた。

さして実力も無いのに、さもそれらしい顔をして世の中を渡ってきたのかも知れない。

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しかしどうだろうか、生身の男一匹、その正体を試すことなくあの世に行って何としよう。

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駱駝は自らの背にコブを背負って、あの灼熱の砂漠に堪えて生きている。

子供の頃、映画≪アラビアのロレンス≫を観た時、ベトミンの生き様はさることながら、それを縁の下で支えているラクダがすごいと思った。

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私達の生き様だって、常に逞しい忍耐の精神は重いものを求めるのである。

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ともすれば高慢になりがちな心をどうすれば諫めることが出来るのか、それは限界への挑戦だろう。

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而して私の精神は、駱駝さながらに重荷を背負って、おのれの砂漠へと急ぎ行くのである。

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因みにナビブ砂漠のレースでは、駱駝がスイーパーの役割を果たす。

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2018年1月 7日 (日)

湖西の空は青く晴れて

今朝は朝早くから二川に出掛け、岩屋緑地からスタートする湖西連峰トレイルランである。

この大会は若い人達を中心に200人近くが集まって、しかも12歳から84歳までと幅も広い。

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それだけ山を登り下りしながら、この県境を駆け抜けるのは、魅力的だということでもある。

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事実岩屋緑地から峰の上に出れば、右側には浜名湖を見下ろし、左側には三河平野が見渡せる。

それに遥か彼方に富士山が顔を出していた。

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確かに岩はゴツゴツと露出しているし、右へ左へと振られ、急な下り坂など滑り落ちそうになる。

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それでも変化に富んだこのコースは、何時来ても魅力的だと思う。

山道の混雑を配慮して3分毎の時差スタートなのだが、最初にスタートしたのに次々と抜かれて最後尾近くになってしまった。

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と言うのも、今日は6k近くを背負って、しかも胸の前に750ml×2本のボトルを装着していた。

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その1.5リットルがろっ骨を圧迫し、後半からはかなりの痛みを伴っていた。

やはり何でも実際に試してみなければ分からないもので、リュックの前部分に保護が必要なことが分かった。

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来週はこれを改良して、その効果を試さねばならないが、痛みを伴いつつも大分リュックに馴染みが出てきている。

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残りの三か月、更に荷物を実際に近く加重して何度か試さねばならない。

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「何故、そんな自虐的なことをするの?」と言う人もいるが、人間ヌクヌクと楽をして得られるものなんて有るだろうか?

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今日だって、朝の暗いうちから喜々としてトレイルに集まってくる人達の顔、それはみんな生き生きとした顔だった。

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大変だなんて、そんなこと当たり前でしょう・・・・そいつを乗り越えていくからこそ、人生は面白くなる。

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最初は「出来るだろうか?」って気持ちもあったけど、今は「出来るさ!!」って確信している。

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2018年1月 6日 (土)

地上最初の女

これは誰でも、異性の存在は私達の生きる力の根源になっているのではないか。

晩生の私は、職場で出会った最初の女性と夫婦になって今日に至っているが、異性の何たるかをあまりにも知らな過ぎた。

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ギリシャ神話によると、この世に最初に登場した女はパンドラだ。

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最高神ゼウスが、泥をこねて創った美女で、彼女は神々からの贈り物を詰めた箱を持っていた。

その箱には、神々の人間に対する懲罰の数々(あらゆる禍と害悪)が詰まっていた。

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そのパンドラにぞっこん惚れてしまったのはエピメデウス(=後で考える)だった。

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エピメデウスは彼女をめとり、パンドラは禁じられていた箱を開けてしまう。

中からはありとあらゆる禍が飛び出し、以来人間は病気や災難に苦しめられることになった。

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ただしかし、「希望」だけが箱の底に残ったままになっていた。

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希望こそが人生最後の砦だと思っていたのだが、どうやらこの辺の機微が難しい。

しかしながら、パンドラを娶ったエピメテゥスの気持ちは良く分かる、と言うよりもエピメテゥスそものの様な気もする。

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希望と言う青い鳥を追い求めて、今も悪戦苦闘の毎日なのだが、希望を捨てる訳にはいかない。

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ゼウスがパンドラに禍の箱を持たせたのは、プロメテウス(=前に考える)が天上の火を盗んで人間に与えたからだとされている。

いずれにしても、お蔭で私達は四苦八苦しながらこの人生を過ごす訳である。

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それにしても、私にとって異性の存在は、それは希望そのものでもあるのだが・・・・。

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さて、私のパソコンは余命幾ばくもない様で、時折目を覚ましてくれるものの、ともかく後継を手配したところだ。

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2018年1月 5日 (金)

パソコンが風邪

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2018年1月 4日 (木)

自然とは

自然と私達の生き様、・・・の様なことを考えている。

年末の寒波では北海道を始めとして、30m/秒の風雪が大地を吹き抜けた。

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北国は大変だなぁと思う一方、私達は常に気まぐれな自然の中で生きていることを思う。

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昨日訪れた箱根だって、つい数年前に大噴火があったばかりだし、芦ノ湖もかつての火口だ。

火山の噴火、洪水、荒れ狂う海、猛威を振るう台風、そして灼熱の沙漠、それが自然の姿だ。

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豊かな実りをもたらすのも自然だが、自然は人々の存在などとは関係無く、それ自体が生きているかの様だ。

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昨日歩き走りした嶮しい石畳だって、何百年にも渡って人々が整備してきた人工の道だ。

そして箱根の杉並木だって、先人達が意図的に整備してきた風景だ。

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田園風景にしろ里山にしろ、私達が美しいと思うのは人々が手を加えた人工の自然である。

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厳しい寒さや強風が象徴的だが、自然の在り様は決して人間に優しい訳じゃない。

そして私達が心地よく生きられるのは、人間に都合よく作り変えられた人工の環境だ。

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それでぬくぬくとその環境の中に埋まって生活していると、本当の自然を忘れてしまう。

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まさに都市の生活はその様であって、自然など意識するのは稀であって、だからこそ「自然と共に生きよう」など言う言葉が力を持つ。

だからこそ私は、連日のように「砂漠の自然に耐えられる力を・・」と修練に余念ない。

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ぬくぬくと暮らした方が楽に決まっているが、それでは人生が面白くはならない。

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「この期に及んで何故自虐的な・・?」と言う人もいるが、なに自虐でも何でもなく、これこそが人生と言うものだと思っている。

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台風・嵐・地震・津波だろうが寒波であろうが、私達は何時もそうした自然と共存してるでしょ。

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あの険しい箱根路を、自分の足でかつてはみんな越えてきたんだ。

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砂漠だって、どうと言うこともない。

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2018年1月 3日 (水)

箱根古道をひた走る

休日フリー切符で朝一番の鈍行列車に乗り込んで、小田原の向こう国府津駅で下車した。

すぐさま街道に出ると、そこは黒山の人だかりで、復路の駅伝ランナーを待つ人々である。

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青学・東洋とその雄姿を見送って、私達は彼らの走ってきた方向へと向かって走り出す。

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私達とは、トモさんの呼び掛けに応じた11名である。

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走力の違いはあるものの、それぞれに箱根路を楽しもうと集まった仲間達である。

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小田原城や早雲寺、それに名物の蒲鉾など、途中の名所に立ち寄りながらの走り旅である。

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ただ箱根駅伝のランナーを見送ったのが9:30過ぎだから、行程はかなり厳しい時間だ。

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おまけに私は、例のリュックサックを背負ってのランだから、どうしても最後尾を追うことになる。

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それでも箱根の坂を登り切って、甘酒茶屋に着いたのは14:00頃だったか。

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熱い甘酒を戴いて体を温め、芦ノ湖まではもう一息である。

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箱根路は正月ということもあって、人も車も特に多く、それを縫って関所に到着したのは既に15:00を回っていた。

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陽の影り出す中、残りの三島までの20k をひた走らなければならない。

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それに気温は1度と極めて冷たく、かじかむ手を労わりながら、石畳の旧道を下る。

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実は今朝は腰の部分に重厚なバンソウコウを張ってきたのだが、これが奏功してリュックの痛みはかなり軽減されていた。

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何とか最後まで走れそうである。

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スカイウォーク辺りまで来ると、駿河湾に陽が沈む所で、この風情も中々によろしかった。

その後暗くなる頃には皆に置いていかれて、唯一人で暗い道を三島駅まで走ることになった。

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それでも18:00に三島駅に到着、予定の電車に間に合ったのである。

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ホームライナーの車中は、今日の反省と懇談の楽しいひと時になったが、それにしても

随分疲れたものである。

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2018年1月 2日 (火)

ふくを食す

今日は、もう何年になるだろうか、恒例になった新春遠州三山マラニックである。

袋井駅に集まったのは、40人余のいつもの仲間達である。

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交々に新年のあいさつを交換しつつ、今年一年の元気な走りを誓いあうひと時でもある。

一年一年、お互いの身の周りには様々な出来事がある訳で、そいつを乗り越えて毎年集まってくる。

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私にとってもこのマラニックは貴重なものになっていて、三山の神頼み以上に大切な集まりだ。

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とは言え、可睡斎、油山寺、法多山尊栄寺と、今年のチャレンジの完遂を祈念して回った。

いずれも「どこそこの太郎兵衛参上、今年の健康と砂漠レースに幸多かれ」と記念したのだ。

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人生、生きていればいつ何時何が起こるのか分からないのであって、こうして三山を自分の足で巡るなど、かなりの行幸ではないか。

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以前はそんなことは考えなかったけど、歳とともに「有難い」と思う様になっている。

ともあれ可睡斎の静寂、油山寺の古式、法多山の烏合などを味わいつつ、新たな一年を思っている。

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そお・・・特別変わったことがある訳もないが、日々之我が一日とすべく努めるしかない。

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一日が終わってこのブログを記す時、この一日がそれで良かったのかどうか、それを確認して行くことだ。

さすれば、いつ何時この世をオサラバするとて、悔いはなかろうて。

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報多山では、法多の団子(五体満足)を頂ながら、昔以来の一年一年を思い浮かべた。

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子供の頃からこの山には、元日のまだ暗いうちに寒さを乗り越えて参拝してきた。

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それが我が家の伝統の様になっていたのだが、いつの間にか時は移ろっていく。

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そして、その移ろいこそが人生なのである。

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年々歳々、この三山を巡りながら、人生の面白さと儚さを味わうのである。

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そう、そして今年は古希なる年で、思うに記念すべき素晴らしい年になるのではないかと思っている。

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2018年1月 1日 (月)

新春雑感

年の初めからいきなり雑感とは何事か、と思われるかもしれないが、そんな気分である。

実はこの所、年々物事への対応が雑になっていく。

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年賀状は一昨年から出さないことに決めているし、正月飾りなども面倒になって一切止めてしまった。

情緒が年々少なくなっていく訳だが、賀状や正月飾りなどと言うものは、物事の進歩発展への願望の露出だろう。

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その未来への願望と言うものが、歳とともに一種の刹那的方向へと転じている。

「人間、何時までも生きる訳でなし・・」と思ったとたんに、あんまり先のことはもう良かろうって気分になっているのだ。

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それよりも、目の前の課題を一つ一つこなすのが先決で、その喫緊の課題が砂漠挑戦と物語執筆なのである。

前者はエントリー以来様々な装備品を整えてきたし、それなりの訓練も続けている。

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だが問題は次々と起こって、例えば8k余の荷物を背負うリュックと体の相性だ。

色々と工夫しながら試してみているのだが、依然として腰の皮膚を痛めてしまう。

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荷重が特定部分に長時間かかると、当然ながら炎症をし始めるのだ。

リュックの背を補修したり、体に保護テープを張って保護したりと、未だに試行錯誤である。

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これも早急に解決させないと、現地に行ってから動きが取れ無くなってしまう。

英会話も残りの3か月余で、果たしてどこまで可能性を広げられるのかどうか、必死である。

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もう一つの遊びである処女作の創作は、もとより空想好きな私だが、

いざフィクションを書くとなると、中々登場人物が勝手に動き出すような具合に行かない。

ある程度のイメージモデルがどうしても必要となる。

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それをああでもない、こうでもないと想を練りながら楽しんでいるのだが、果たして物になるものかどうか?

・・・てな具合に、まぁ人生は楽しみながら、今年も気張らずにのんびりやろうと思っている。

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