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2018年1月25日 (木)

若さの尻尾

今時の70歳が、一体全体どの程度の年寄りなのかということが分からない。

まだまだ小僧っ子のような気もするし、相当な年寄りなのかも知れないと思ったりもする。

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今日もおっそろしく寒い日だったけど、裸に近い格好で雪の残る山を3時間近く走り、

手先が凍傷でポロリと落ちるかって思いをしながら帰ってきて、ホウレンソウの収穫をした。

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これは毎日の日課だから何と言うこともないが、普通の70歳がすることではなさそうである。

人生に意味を求めても仕方ないが、人生の味わいなら人それぞれ無数にあるのではないか。

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歳を経ることで味わい深くなることが、変哲もない日常の中にも、それは色々とあるからだ。

今朝は良く晴れて、私の立哨する所の建物の日陰が昨日よりも10cm 短くなっていた。

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おっ、こんなに寒いのに春がまた一歩近づいたって、そのささやかな喜びだって感じることができる。

つまり、当たり前の日常のその中に、微妙な味わいを感じられるようになっている。

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これは言うならば、私も年相応に老成してきた証拠ではあるまいか。

しかし一方に、頑固に老化を否定する貪欲さが残っていて、或いは往生際が悪いのかも知れないが、生きることを諦めてはいない。

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考えても御覧じろ、今時の人間が精一杯動き回れるのは、それはやはり75歳前後までだろう。

それは私にとっての残された5年間であって、遮二無二行動するしかない時間なのだ。

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そして人生のしっとりとした味わいは、その全てをやりつくした後でよろしかろうと思うのだ。

思えばずうっと仕事仕事でそいつに没頭してきた訳で、今やっと自分の時間を謳歌している。

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それに古稀を過ぎれば、いつ何時この世をおさらばする時が来ても不思議ではないのだ。

しからばもう何も怖いものはない、精一杯の自分を生きるのが今なのだと思う。

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