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2018年1月26日 (金)

本願寺にて

信心には誠に疎いのだが、その宗教の歴史にはいささか興味をひかれる。

特に戦国期において織田信長たちを悩ませた一向宗、石山本願寺(現在の大阪城)だ。

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宗教の恐るべき力を見せ付けた訳だが、最後には顕如は和睦に応じることになる。

この時徹底抗戦を主張したのが顕如の長男教如だった。

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ともあれ時代は進んで豊臣秀吉が天下を取ると、顕如の三男准如に土地を与え(西)本願寺

が誕生し、親鸞を宗祖とする浄土真宗の本拠地となるのである。

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ところが徳川へと時代が変わると、本願寺派の力を削ぐ意味もあって、長男の教如に土地を与えて東本願寺を設立したのだ。

秀吉の廟所のある阿弥陀が峰と西本願寺の間に、東本願寺と言う楔を打ったとされる。

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而して、今日の東西本願寺の並立する京都の姿が出来上がった訳である。

実は先日野暮用で京都に立ち寄った折、時間があったのでその東本願寺に立ち寄ったのである。

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・・と言っても、目的は本廟から東へ500mほど離れたところにある渉成園であった。

この土地は徳川家光が寄進した土地で、九世紀末には左大臣源融(とおる)邸の遺跡ともされている。

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そしてここは東本願寺の下屋敷として、歴代上人の隠居所として回遊式庭園が整備されている。

もっとも現在の諸々の建物は、1864年の蛤御門の変による炎上以後に再建されたものだ。

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その後明治天皇の御小休所となったこともあって、閑静な庭には数寄屋風の書院や茶室が連なっている。

庭園は「渉成園十三景」とも言われて、1827年に書かれた頼山陽の「渉成園記」にも詳しい。

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京都駅のほど近くにこんな庭園があるとは知らながったが、春や秋には中々のものだろう。

ともあれ、巨大な教団を率いる上人が、かくも整った自然美の中で晩年を送ったことを思う。

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人は様々な遍歴をたどるにしても、最後は穏やかな自然の中に最後を迎えたいのだろう。

自然との一体感に包まれる世界に入って消えていくのなら、それに勝ることはないのだから。

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