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2018年2月28日 (水)

旅する心

私の旅は何時も何かが伴っていて、のんびり旅は実は少ないんです。

あくせくと飛び回って、それにランが加わっていたりするから、普通ののんびり旅じゃないな。

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人類がこの世界に登場して以来、人々は常にまだ見ぬ土地を求めて拡散を続けてきた。

山のあなたに幸い住むと・・・、そう思って人々は新天地を開拓し続けてきたんだろう。

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その人類の歴史と旅とは、まだ見ぬ土地への好奇心として、私達の体の中に受け継がれている。

近年の私は、マラニックを通して、その土地の温もりを楽しんでいる。

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道端の地蔵尊や朽ちかけた寺社、古びた句碑や一里塚に人々の営みを思ったりする。

新しい土地を訪れるのも旅だが、古きを訪ねるのも心を富ませる旅で、これが好きだ。

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それに考えてみると、旅とランニングはかなり共通部分があるようだ。

脳の中枢部分の血流が良くなって、あれこれのヒントや新たな発想を生む原点となる。

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実は私の書いているnovelの大部分は、山を走りながら考えたことなのである。

この延長線上で、7日間砂漠を走りながら、頭に浮かんだことをメモしながら辿るつもりだ。

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ともあれノーベル賞学者の山中さんや村上春樹など、創造的な仕事をする多くの人達が走るのを日課にしている。

さもありなんで、旅もランニングも、私達を少し異なった次元へと誘ってくれるのである。

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而して私の10年計画では、これまで以上に旅に出よう、走りに行こうと思っている。

行こうと思ったら、躊躇はやめようと決意しているのだ。

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そう‥愚図な私は、何時もあれこれ心配してチャンスを逃してきたからね。

私達団塊の世代は、Rat raceを生き抜いて、やっとそれができる時を迎えたのだ。

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2018年2月27日 (火)

人生は楽しむべし

昨日Mさんを訪ねた折、奥さんから「巷では、ナビブの次はニュージだって。あの歳で、良くやるよねぇ~って噂になってる。」と聞かされた。

どうも、少しばかりいかれて居る(古稀にもなって程度が過ぎる)んじゃないかとのニュアンスである。

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普通歳をとってくると、自然と物事への感心や興味が薄れていくものらしい。

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大抵の事は凡そ見当がつくし、ついつい「今更」の思いがあって尻込みしてしまうからだ。

だけど私は普通ではないらしく、自分の未体験なゾーンに対しては殊更テンションが高くなる。

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それがレースであれ、イベントであれ、面白い人(異性を含め)であれ、体験せずして何としようという気になるのである。

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既に70を超え、これからの人生が限られれば尚更のこと、やらないことを後悔したままあの世に行きたくはないからね。

それにA型タイプの私のこれまでは、極めて自己抑制型の人生を送ってきた。

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「・・・は、してはいけない。」そんな否定的なドグマが幾つもあって、随分損をしてきた。

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そいつから今は解放されて、どうせなら残された人生を楽しく生きた方が良いに決まっている。

だからすべては好奇心のままに、物事に素直に、すべてを肯定的に考えるように努めている。

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砂漠レースが大変なことは当然のことで、それを心配すればキリがない。

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物事は一面ケセラセラであって、難しいことだって手順を踏めは何とかなるのである。

それにさぁ~、色々と挑戦したって歴史こそが自分の人生じゃないのかな。

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さぁさぁ同世代の諸君、大いに狂ってござれ、さすれば世の中はもっと明るくなるぜよ。

This was worth all the effort.

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2018年2月26日 (月)

何時も楽天

某企業の事ではなく、自分自身を自ら仕向けようとしている方向である。

A型人間の私は、元来心配性であれこれと思い悩むことも多かったように思う。

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それが還暦を過ぎたあたりから徐々に変わり始めて、今では相当の楽天男になっている。

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大抵は「何とかなるさ !」「大丈夫、きっと出来るさッ !」って思えるし、だからこそ次々と挑戦する気にもなる。

そもそも、私は今人生の黄金期を生きている。

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いわゆる社会的な様々な役割から解放されて、何ら制約されるものも無くなっている。

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人によってはそのこと自体がストレスとも成り得るが、私は「黄金期」と感じている。

だから何構わず何処にも出かけていくし、これと思えばとことんやろうとする。

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かつて欲して得られなかった、その物心両面の自由を今手にしているのである。

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体だってこの数十年の積み上げの結果故に、多少のことではびくびくしなくて済みそうだ。

時間だって全てが自分の時間であって、誰彼に制約されるものではない。

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これを黄金期と言わずして、何と言おうか。

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問題はこの黄金期が何時まで続くのかということだが、それはそれ天のみぞ知るだ。

精一杯黄金期を生きているなら、何時なんどき異変があっても悔いはないだろう。

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ボケるのが最も危惧されるが、それだって私に限って容易にボケないような気がしている。

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否むしろ、ボケない為に毎日ペタルを漕いでいるってことでもある。

ここ数日苦労していたナビブグレイトレースのための必要書類を、今日全て提出できた。

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実はMさんに手伝っていただいたのだが、やってみればさして難しいことではなかった。

そう・・・何とかなるさ、大丈夫きっと出来るのである。

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勿論私にだってハザードは次々と現れるが、そいつはきっと何とかなるのである。

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2018年2月25日 (日)

東京ぶらり旅

特に目的もなくて東京を歩くなんて初めてだけど、何となく感で歩き続けた。

先ずは折角の東京マラソンだからと新宿へ、やはりこの大会は興奮するなぁ~。

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歌舞伎町の一角に陣取って一時間余り、同じようにレースを待つ人と談笑しながら、

この大都会で開かれるマラソン大会の非日常を改めて思っていた。

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日頃は横断するのも大変な大通りをすべてランナーに開放して、人々はそれを楽しむ。

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平和で豊かな時代ならではのお祭りで、しかも家族や職場の人々がその為に集まってくる。

それにしても、ランナーの群れは色とりどりで艶やかであった。

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その三万六千人の中に知人を見つけようと目を凝らしたが、とうとう一人も発見できなかった。

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ランナーの列をやり過ごし、北に向かって早稲田を目指したのだが、高田馬場に出てしまった。

あちこちさ迷いながらも何とか早稲田通りに出て、約二時間を要して神楽坂に着いた。

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思っていた程の「坂」ではなく、瀟洒な店の立ち並ぶ心地良い通りだった。

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その入り口近く(早稲田より)に赤城神社があって、この社は未来の神社として知られる。

ガラス張りの社殿は無論のこと、こじゃれたカフェすら経営しているんだからしかりだろう。

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その神社のカフェで暫し休息していると、若い人たちが次々とお参りにやってきて行列をなしている。

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やはり願い事は、良縁と平穏無事であろうか。

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このクリスタルな神社が、何となく現代的な願いをかなえてくれそうだから不思議だ。

因みに売られているお守りには、ゲゲゲの鬼太郎のめだまがアレンジされていた。

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ひょっとして、この社のご神体は妖怪なのかしらん。

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ともあれ、飯田橋から永田町へ、憲政会館に立ち寄って近世の歴史を少しばかり勉強。

そのまんま内堀通りに出て、ランナーの群れに交じってお堀を二周したのである。

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その頃にはもう東京駅のゴールには、マラソンのランナーが溢れかえっていて、

私も少しばかり大会を走ったかのような思いで、こだまに乗り込んだのである。

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ぶらり東京は、これまで知らなかった東京の一隅を知る機会となったのである。

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2018年2月24日 (土)

ふらり東京へ

明日の東京マラソンには出場出来ないのに、東京にやってきてしまった。

実は「ワン東京」にも4,500円払って、当選の機会を増やしたのにことごとく選に漏れた。

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それでも事前に予約していたホテルはそのままにしていたので、いっそ見物にとやってきたのである。

いや、それだけでなく、ビッグサイトで開催されるフェアーで、ナビブの資材を調達しようということと、

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それに今書き進めているnovelの材料を探すことが本当の目的でもある。

そのnovelだが、ナビブに出かける直前まで書き進めたのだが、はてその先が全く見えていない。

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私の意図した「過ぎ去りし時のしるし」を表現しきるのには、かなり難しいハザードが待っている様だ。

果たして、砂漠を走りながら、こいつをクリアー出来るのかどうか、いささか不安になりつつある。

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ともあれ今日は、外国人で溢れる築地場外の雑踏を歩き、特上の寿司をいただいた。

私の前に座った香港のカップルは、彼女のほうが圧倒的に強いらしくアナゴ丼を食していた。

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彼らと少し会話し、Have a nise day.と別れて、ビッグサイトへと向かったのである。

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ビッグサイトには例によってランナーが押しかけていて、併せてマラソンフェスタが開催されている。

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ただしかし、余りの人の多さに・・それに、どこに何があるのかも分からず、人の波に押し出された感じだ。

ともあれ東京マラソンは、この巨大都市にとっても一大イベントなのである。

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走れないのは残念だが、10万円の寄付ランをしたつもりで、美味しいものを食べて帰ろうと思っている。

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2018年2月23日 (金)

龍を養う

人にはみんな、自分の中にそれなりの龍が住んでいるという。

そして、歳をとって経験を積むとその龍も大きく強くなっていくものらしい。

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そう言えば、少し名のある寺を訪れると、毘沙門堂辺りの天井から龍が睨んでいる。

なぜ龍が描かれているのか不思議だったが、あれは自分の心中の龍でもあるのだ。

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天井を見上げるあなたに「おいお前、しっかりと人格を磨いているだろうな。」と問うていると考えれは納得がいく。

さて、問題は私自身の龍だが、どれ程大きな龍が住んでいるのかと思いきや、いや小さい小さい。

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色々と経験してきたとは言え、トータルでは我儘と楽を通してきちゃったんだな。

とてもの事、これが俺の龍(人格)だよと披露などできないが、でも確かに龍が住んでいる。

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そう思うだけで、何故か心が落ち着くんだから不思議だ。

それはともあれ、今日は浜名湖の一角にあるホテルに来ている。

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もう既に二十年ほどが経過するのだが、富士山麓で全国規模のフォーラムを開催したことがある。

その流れを受けて、地元浜松でも元気を出そうと有志が集まって、年に一度のフォーラムを開催した。

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正に浜松のやらまいか精神だったし、その成果は二十年を経て稔りあるものになっている。

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その有志の皆さんから、あの当時の人達が集まるから是非にとお誘いを受けたのだ。

定年退職以降、過去に拘泥しないと心に決めてきたのだが、今回ばかりは足を向けたのである。

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それはそれは幾分年を取ったにしても、懐かしい二十年ぶりの顔との再会である。

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実はそれで、自分の中に住む龍を思い出したのである。

当時の自分と今日の自分を比較すれば、少しばかりだが龍が成長しているかと思った。

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若さは素晴らしい行動力を生み出すが、熟年もそれなりに良いじゃないかってことかな。

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2018年2月22日 (木)

春を待つ

まだまだ朝は寒いが、日差しが高くなって日に日に春の気配が濃くなっている。

植物は正直なもので、我が家の梅は満開だし、河津桜はもう咲き出すばかりである。

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今冬の白菜は結球しないまままの株が多く、その真ん中に早々と菜の花が顔を出している。

ホウレンソウが急激に成長して、少しばかり私の収穫作業が追われ始めている。

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登校する子供達も、寒さに体を丸めていた一頃と打って変わって、随分元気になった。

問題は私だが、日一日と春の気配の深まるこの時期は、やはり待望の気持ちが強くなる。

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殊に今年は特別で、あの砂漠レースまで残すところ60日になっている。

準備は十分かと言われると不安になるが、まぁ~何とか走り抜けるだろう。

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ともあれ、春は待ち遠しいが、あまり早く来てもらっても困るのである。

昔はそんなことを露ぞ考えなかったが、果たして私に残された春は何回かと言うことである。

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取り合えず10回は巡ってくると考えているんだが、そんなことは当てになるもんじゃない。

やはり、今年の春を目一杯愛でて、それを繰り返すのが順当だと思っている。

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多くの人が平均寿命の80歳は、ゼロ歳で亡くなる子も含めてだから、もっと長いと考えている。

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だけどどうだろう、世の中には120歳まで生きる人だっている訳だから、平均は案外大事なんだな。

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それに無駄に長生きしたって詮無いことで、自分の意志で闊達に動き回ってなんぼの人生だろうと思う。

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それでまだ早計だが、ナビブのレースを完走したら、来年はニュージで開催されるグレイトレースに挑戦したいと考え始めている。

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2018年2月21日 (水)

泰然とアクティブに

何時ものように山を走っていると、山には不似合いな杖を突いた爺さんに出会った。

年の頃80歳近いかと思える風体で、やや小太りの人の良さそうな人であった。

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弱った足腰を何とかしようと山に来たと言いつつ、ランニングの私を凄いすごいと繰り返す。

年齢を伺うと何と私と同じ年だと言われ、「この爺さんと、俺は同じ?」と少しショックだった。

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だが私とて、生活習慣や体力を別とすれば、顔の皺や頭髪など、同じ様なものなのかも知れない。

しかして同じような年頃の人達は、日頃あまり顔を見ることもないが、何をして過ごしているのだろうか。

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今時の老年者は、ITの進化にもついていけず、老年者らしい冷静さを装いつつも、実は不安で一杯なのではないか。

行動を起こしたくともその術を知らず、TVの前の産業廃棄物(捨てるに捨てられない)と化しているのではないか。

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本来年寄りは、豊富な経験と言う財産をもって、視野だって若いものよりずっと効くはずだし、

人を見る目、或いは物事をより的確に評価できる力を持っている筈だ。

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しかるに今時の若い者は、テクノロジーのテンポの速さの故に、年寄りなど相手にはしない。

泰然と落ち着き払っていたとしても、世の中のテンポがその年寄りを素通りしてしまうのだ。

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多分あの爺さんも、止むにやまれず山を歩こうと思い立ったのではないか。

内心「爺さん、時既に遅しだよ」と思ったが、人間歳を経て泰然とするのは当然として、

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歳を取ればとる程、アクティブに行動しなければならないと思っている。

大変だなぁ~、嫌だなぁ~ではなく、まだまだ俺にも出来るのではないかって心意気だ。

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とは言えそれにも限度はあって、私は80歳になるまではも基本的にアクティブでありたいと考えている。

泰然と過ごすのは、(仮に生きていれば)それから後のことだなぁ~。

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2018年2月20日 (火)

失せざる花

今日は地元中学校の運営協議会があって、学校のグランドデザインについて協議した。

校長の提案は、学校の教育目標を「志ある生徒」を育てることにしようと言うことだった。

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クラーク博士の言葉ではないが、「志」を抱いて生き抜くのは中々にして難しい。

だってあなた、「あなたの志は何ですか?」と問われて、…果たして何と答えられますか?

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「志」とは、言うならば自分なりの目標を積み上げていくことだろうか。

子供達がそれなりの目標をもって巣立っていくならば、それは願ってもないことだろう。

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そうして、その志を持ち続ける姿勢こそが、自分の人生の心棒になっていけば良いのだ。

ところで、世阿弥の言葉に「失せざる花」と言う言葉があって、私達は歳月と共に姿は衰える訳だが、その鍛えぬいた心は滅びることがないと言う意味だ。

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どんな美しい花だって、何時までも咲き誇っているってことはなく、何時かは必ず散る宿命だ。

それでもその志だけは、何らかの形で必ず受け継がれていくってことだろうか。

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言うならば男の背中かな、目標に向かって飽くなき前進を続ける男の背中さ。

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古稀を過ぎた男には、社会的なミッションはそれほど多くはなく、言ってみれば花は散ってしまっている。

男であれ女であれ、花が散ったからと言って、嘆いていたって何の益もない。

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花が無くたって次々と目標を掲げて進めば、その最後の時まで活き活きと進み続けられるのではないか。

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実は今の私の志とは、そうした(目標を次々と設定する)生き方にある。

そうして幸運なことに、かなり高いハードルも含めて、ほぼ志の通りに実現できている。

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この「失せざる花」を持ち続けることが、私のこの10年の課題でもある。

続きを読む "失せざる花"

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2018年2月19日 (月)

大名庭園

兼六園を訪れた折、その雪舞う園内を歩きながら考えたことである。

今日、国の名勝などに指定されて残っている庭園は、いずれもかつての大名の庭だった。

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兼六園も五代藩主前田綱紀が城の隣接地の一部に池御亭を立てたことに始まって、

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歴代の藩主があれこれと手を加えて、200年近い経過の中で今日の姿になっている。

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加賀100万石の殿様と言えども、三代まではともかく、代が進むに従って殿様のやることは庭いじり程度になったのだ。

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兼六園の原型は12台あたりには完成しているらしく、その名も宋の詩人李格非の「洛陽名園記」から、宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六勝を兼ね備えた庭と命名されたらしい。

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廃藩後に市民に開放された訳だが、「ふぅん、こんな所で殿さんは遊んどったんかいな」程度であって、とても庶民にその親しみが持てるような代物ではない。

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欧米やアジアの庭の様に、度肝を抜くような庭ではないからだ。

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もっとも博覧会や海外旅行などで、私達の目が慣れきってしまっているのかも知れないが、

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如何にも平板で「これが日本人の感性」と思わせるものがある。

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隣の金沢城は、石川門と三十間長屋が残されているだけで、一部復元はされているが、往時の姿はうかがい知れない。

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加賀の殿様がどんなものを食べ、どんなことを考えていたのかは知る術もないが、情緒ある金沢と言う街が残り、今にその名残を残したのだから「加賀」の意味はあったのだ。

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ともあれ殿様にしろ庶民にしろ、その財力の違いを別にすれば、さしたる違いはないのである。

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加賀の殿さんは、200有余年かけてこの兼六園を残しただけなのだから。

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思うに、池に浮かぶ茶室があるが…この茶室が使われたのは、とてもの事雪降る冬ではあるまい。

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我が家にも箱庭ほどの庭があるが、これでも精一杯世話をしているのである。

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2018年2月18日 (日)

能登はしぐれて

金沢の朝は流石に寒く、それでも今日私達は果敢に能登の旅に出かけたのである。

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定期観光バス輪島号に乗り込んで、降りしきる雪にもめげずに半島へとバスは進む。

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向かう所は定番の、輪島の朝市に輪島塗、千枚田にキリコ会館である。

朝市ではやはり寒さの中でばあちゃんたちが頑張っていて、朝採りの岩ノリやフグの干物などを売っている。

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お客も存外に多くって、いつもの朝市の風景が広がっていた。

実は私自身はこの能登半島には何度か訪れていて、前回は10年前の震災直後だったか。

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もちろん当時の震災の面影はみじんもないが、やはり半島部の人々の生活は大変だ。

雪の量こそ福井や金沢よりも少ないが、日本海はかなり遠くから波が泡立っていて寒々としている。

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こういうところでこそ、根気を続けて出来上がる漆器の文化が育ったのだろう。

それにあの千枚田は、日本海の波が打ち寄せる波打ち際まで広がり、この地域の人々がいかにお米を求めたかが伺い知れる。

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その千枚田も雪に覆われて、あの生き生きとした青田の風景とは別の姿である。

水分の多い雪が舞いしきり、この雪国に生きる人々のことを思わせる。

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そう、キリコはこの能登半島独特の巨大な神灯を担いでねりまわる勇壮な祭りだ。

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あるいは何度か訪れたことのある所だけど、やはりこの時期ならではの風土に触れることができた。

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ともあれ、バスの旅はとかく平板なのだけれど、若いガイドさんのトークに癒されながら、

能登半島の時雨をむしろ楽しむことができたのである。

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2018年2月17日 (土)

雪の金沢へ

今冬の北陸は、福井・石川でも記録的な豪雪だという。

雪に辟易としている地元の皆さんには申し訳ないが、その冬を楽しみに出かけてきた。

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金沢の駅に着くと、市街地での雪は珍しいそうなだが、60cm位の残雪がある。

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さても駅中で昼食を済ませ、ジャンボタクシーで市内見物に出かけたのである。

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先ずはお決まりの兼六園で、何度も来ているが流石に雪の庭は初めてである。

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霞が池の水も凍りついて、雪釣りされた木々も如何にも寒そうである。

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その池の周りを一巡する間にも吹雪めいた雪が降りつけてきて、やはり味わうというには寒過ぎた。

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それでも金沢城公園の一角にまで踏み込んで、この金沢という土地を感じていた。

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この地に封じられた前田利家以降、数代のとのさんにとって最大の懸念は、徳川幕府の疑いをいかに払底するかにあった。

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三代藩主利常公などは、母親を江戸に人質に出し、徳川から嫁を迎え入れ、尚且つ江戸城内では鼻毛を伸ばして場か殿さまを演じたという。

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内政についても、金箔など今日の様々な特産物につながる文化を起こし、城の南北には寺町と称して多くの寺院群を建設させ、いざという時の防御の拠点にしようとした。

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その中心的な寺が、人呼んで忍者寺とされる4階建て7層の妙立寺である。

而して私たちは、金箔工房を訪ね、次いでひがし茶屋街を歩き、妙立寺を訪れたのである。

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ところで今回はヒロボーさんの呼びかけで集まったのだが、何故か勉強会のメンバーでお酒の好きな人達が集まった。

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そう言えばこの金沢は銘酒の数々があって、しかも雪の中で味わうのが殊更美味しいという。

それで駅近くのホテルにチェックインしてから、電車でそのお酒を飲みに出かけたのである。

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それも雪道を歩いて・・・とっても寒かったけど、金沢の日立の心は温かだった。

この雪も、そんな心を育むんだな。

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2018年2月16日 (金)

いつもと変わらない一日

このブログを読んでくださっている方に、「・・何時も、遊んでいる。」と言われることがある。

確かに毎週のように西へ東へと出掛けたりはしているが、何時も遊んでいる訳ではない。

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現実に今日だって、朝の立哨を終えてから確定申告に、帰宅して45袋のホウレンソウを収穫し、

畑を耕して馬鈴薯の植え付け、続いてホウレンソウの蒔き床づくり、続いてスポーツショップに買い物へと休む間もなく夕暮れた。

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とにかく遊ぶにしろ働くにしろ、食事とブログを書く時を除けば、じっとしていることはない。

何しろ古稀を過ぎた身の上であって、限りある人生の時間を無駄にはしたくないのである。

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そもそも私達は、宝石や金の様な限りあるものを大切にしてきたが、時間はどうだろうか。

その時間こそが限られたものの際たるものであって、それを意識しないと、人生は退屈な時間が果てしなく続くだけになる。

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生物は生と死を繰り返すことによって新陳代謝していく、つまり古いものが消えることによって新たな生命の余地を作り続けているのだ。

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その仕掛けは、DNAの鎖の末端にキャップ状のテロメアがあって、それが染色体の複製を保護しているんだが、それが細胞分裂の度に短くなっていく。

そいつが擦り切れっちまうと、もう若返りは出来ないってことになる。

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これは進化の法則からすれば、明らかに賢明な選択なんだろうな。

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而して私達も、どんなに強がりを言ったとしても、金が有ろが無かろうが、このリングから逃れる訳にはいかない。

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とどのつまり、私達は誰もが例外なく、何時かは死ぬってことに決められている。

そう・・・人生はそれまでの勝負だから、呑気に鼻くそ掘っている訳にゃいかないんだよね。

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ともかく、遊びも一生懸命、もちろん働くのもそれなりに頑張るってことさね。

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2018年2月15日 (木)

人生と言う作品

私達は人それぞれ、自分という人生の作品を作っているのだと思う。

しかもこの作品、彫刻と同じで作り直しができない。

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幼少期から輪郭を作り始めて・・・・、そうして老年期はあれこれと補完したりして、仕上げに入っている。

掘り下げ足りなかった所を整えたり、ひだを入れたり磨いたり、上塗りしたりって訳だね。

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そしてこの作品は、なかなか納得のいくものにならないのだけれど、自ずと何処かで折り合いを付けるようになる。

挑戦的な男性ホルモン(テストステロン)はどんどん減っていくし、体だって思うに任せなくなるからだ。

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場合によっては諦めることも含めて、多くの人は「まぁ、この程度で良しとするか」って所までもっていく。

自分の人生と折り合いを付けるってことかな。

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もとよりこの作品には、過去の時間や空間が一杯詰まっているのだが、よくよく振り返ってみると、あの大変だった・・そう緊張に満ちていた道のり・・事柄がぎっしりと折り重なっている。

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勿論プラスの経験もマイナスの経験も含め、全てを含んだ全人生の集約が作品だ。

この私の作品は実はまだまだ荒っ削りで、とてもこの世に残せないからこそ、今になって慌てている。

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とは言っても、近頃の人生100年時代の風潮のごとく、いたずらな長寿は願い下げだ。

サプリメントを多用したり、無理をしない等と、甲斐のないことは絶対やらないことだ。

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そうだね、自分の作品がそこそこで納得出来たら、そこでサヨナラすれば良いと思っている。

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だからそれまでの間、この限られた時間の中で思いのまま羽ばたくのである。

ところで、あなたの作品の出来は如何でしょうか。きっと、納得出来ているんでしょうね?

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だけど、私はまだまだだなァ~。

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2018年2月14日 (水)

無駄なこと?

私達は(否、私だけかな?)j毎日、無駄なことをいっぱいしながら生きている。

無駄だと言われれば、毎日走っていることは勿論のこと、飯を食うことすら無駄ってことになる。

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既に社会的ミッションは粗方終えていることだし、年金節約のために早々に引退した方が世のためと言うことになる。

しかし、身勝手にそうする訳にもいかないが、只この年になると、これまでの人生全体が見渡せるようにはなっている。

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それで「あの時、ああしていれば・・」とか、「一体自分は、何を実現し得たんだろうか?」などと、様々な反省もし、夢すら見るのである。

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思えば私の人生は挫折の連続だった様でもあるし、逆に多くの幸運に恵まれていたに違いないとも思う。

そして、様々な人との出会いを含め、そんな紆余曲折にどんな意味があったのかと考えてみたりする。

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それは糾える縄のごとしであって、一つの失敗がそれで終わったなんてことは一つもない。

だが後悔しても仕方ないことも数えきれない程あって、そいつを乗り越えながら私達は生きているのだと思う。

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問題は向後の生き方なのだが、生きることそのものが無駄であっては詮無い訳で、

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自分なりのミッションは次々と設定していくにしても、どうしても無駄が多くなっていく。

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やるべきことはやってきたし、この上何を成すべきなのかと言うことである。

「人を喜ばせたい」と思って行動しているのだけれど、やはり心は自分自身に帰結する。

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古来稀な年齢を生きているのだから、思うままに楽しめば良いと思う一方で、人生の意味を考えてしまうのだ。

しかるに、有意義な人生を貫き通すのは、なかなかにして難しい。

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2018年2月13日 (火)

雨の姫路城

一昨日網干(牡蠣パーティ)に訪れた訳だが、実はUKさんと待ち合わせ走って会場に向かうことになっていた。

だけど早朝にUKさんから電話があって、雨の為に急遽ランを中止することにした。

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さりながら、牡蠣を食べるだけに姫路に行くのではと思い直し、予定通り朝から姫路に向かった。

姫路城でもゆっくり見て回ろうと思いつつ、ふらりと駅構内の観光案内所に立ち寄った。

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マップを一枚手に取って雨の街に歩き始めようとすると、後ろから遠慮がちに私の名を呼ぶ人がいた。

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振り返ると、なんとそれは栃木のAKさんで、人違いかと思いながら声をかけたという。

何だか示し合わせたかのようであったが、思いがけず二人寄り添っての姫路城見物となった。

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旅は道連れ・・独りよりも二人、それも美人と一緒なら、なお一層楽しくなるのが道理である。

菱の門を入ると、そこには登り旗が林立していて、翌日の姫路城マラソンの準備が進んでいた。

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実は一昨年春、桜の咲く姫路城を訪れているのだが、雨にけぶる城もまた風情があった。

姫路の城はもともとは赤松氏が砦を作ったのが始まりだが、秀吉の播磨進行の拠点として黒田官兵衛が献上したことに始まる。

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関ケ原後は池田輝政が入城して今日の原型を造り、その後本多忠政、酒井忠恭と続く。

明治になって多くの城が取り壊される中で、その壮大なスケール故に明治6年、存城が決まる。

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その白鷺城もかなり煤けていたのだが、7年を費やして保存修理され、平成27年に公開されて今日に至っている。

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ともあれ、今日現存する城で最もスケールの大きな城とあって、訪れる外国人も多い。

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とは言え、城は外から眺めるものであって、暗い城中を巡ってもさして見るべきものはない。

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恐らく江戸時代でも同様で、城主は下の御殿で暮らした訳だし、城は権力のモニュメントだった。

それにしても、この連立式天守とやら、・・・よくぞ造ったと感心する他ない。

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それに本多忠刻に再嫁した千姫(豊臣秀頼の室)のために造営された、西ノ丸からの眺めは絶景であった。

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2018年2月12日 (月)

命との対面

人は誰でも、自分だけは健康で(ボケもせず)何時までも生きていると思っている。

本当はそんな保証など微塵もありはしないのだが、何となくそう思って生きている。

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昨日のマラニックでは、命との対面を思わせる幾つかの出会いがあった。

清水駅に着いて直ぐに顔を合わせたのは、何年かぶりのAM女子であった。

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開口一番に「私死にそうになったの。それにもう走れないから、今日は歩く。」と切り出した。

彼女はかなりの高速ランナーで、私は何時も30k辺りで追い抜かれた印象が強い人だ。

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そのAさんがランニング中に車にはねられて、大腿骨骨折骨盤損傷となって、今は人工骨がボルトで埋め込まれているという。

事故だけならまだしも、それを機に彼女はかなり重症の鬱病に悩まされることになった。

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正に心身ともに生死をさまよったのである。

もう一人歩いている往年のランナーがいて、そのAさんはタフマンとも呼ばれ、全国的にも知られた方だった。

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彼の場合は一年ほど前に癌を発症し、以来闘病しながら可能な限り従来の活動を続けようとしていた。

走ることが生き甲斐であったはずだが、今は歩くことに専念しているとおっしゃっていた。

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そんな出会いのあった後での、あの風呂場でのアクシデントで、ただスッと暗くなったのを覚えているだけだ。

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気が付いたら、何人かが私を取り囲んでいて、何が起こったのか理解するのに数分を要したのである。

かくも簡単な死なら受け入れても良い程の心地良さであった。

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それはともかく、私にも何時そういう時が訪れても不思議ではない年頃なのだと認識させられた次第だ。

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昨夜、フォーデザーツのサンディさんからメールがあって、40歳前後の男性がグレイトレース中に亡くなったと知らせてきた。

彼は救急救命士を務める程は鍛えられた人だったようだが、レース四日目で倒れてそのまま蘇生しなかった。

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遺体を引き取りに来た75歳のオヤジさんが、彼を荼毘に付し白木の箱に入れて、残りのレース三日間、彼を抱えて走り切ったという。

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カンボジアでのレースでのことだが、大会事務局は仮のゴールを設けてこの親子を迎え入れたという。

人生とは常に死と向き合って生きることだが、そう・・・それには人夫々の生き方がある。

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そして、私は私の人生を生きている。

自分に与えられたミッションは何かと考えることもあるが、今少しこの人生を謳歌しようと思っている。

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2018年2月11日 (日)

38k余を快走したが・・

まだ暗いうちに家を出て、集合場所の清水駅に、集まったのは30名だった。

清水いいとこマラニックは、清水港から日本平(307m)に登り、ロープウエイで久能山に渡って駿河湾に降り、

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そこから三保半島をぐるっと回って、草薙に帰るコースである。

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しかし今回私達は、ロープウエイに乗らずに、自分の足で駿河湾側に向かうことにした。

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しかも途中で有東山の山頂を辿ろうとしたのだが、藪漕ぎに突入してこれは果たせなかった。

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ともあれ日本平は有東山の別名で、日本武尊が草薙剣を使ったことに由来して命名されている。

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本来は弥生(登呂の人々)のその昔依頼、有東山と呼ばれていたのである。

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昨日の雨空とは打って変わって、富士山も顔をのぞかせ、駿河湾の水は何処までも青かった。

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有東山の山頂はあきらめて、東側(清水側)に迂回しながら、本来のコースにたどり着いた。

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強い西風に背中を押されながら、12時過ぎには三保半島の入り口に到着し昼食。

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更にそこからは神の道をたどって美穂神社に参拝、再び本来のコースに戻って、折戸湾をぐるっと回りこんで草薙に向かう。

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いずれにしてもかなり長いコースなのだが、日頃からの鍛錬の賜物で、さしたる疲れもなく、15時にはゴールの草薙の湯に到着した。

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ゆっくり疲れを癒やそうとかなり長い時間湯船につかっていたのだろう、露天に移ろうとして風呂を出たところで気を失っていた。

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気が付くと(この間の記憶が途切れているのだが)、自分が血まみれで座り込んでいた。

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頭を打って出血したらしく、タオルで拭ってもぬぐっても真っ赤になって、職員が飛んできて冷水で頭を冷やすとやっと出血が止まった。

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はじめは「こりぁ~、医者に行かんと‥」と言われたが、「意外に傷は小さい」となって、

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風呂を出て絆創膏を張ってもらって一件落着となった。

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まぁこの程度で済んでラッキーだった訳で、実はこの元旦から私はかなり幸運な方向についているのである。

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それはともかく、この清水いいとこは起伏と言い景観と言い、実に素晴らしいランニングコースなのだ。

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今日も元気に(少し怪我をしたけど)皆さんと楽しく走られたことに感謝したい。

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2018年2月10日 (土)

牡蠣パーティ

今日は、兵庫の相生市、Iさん主催の牡蠣パーティーに来ている。

グレイトランナーのIさんのお誘いで、遥々と瀬戸内海に面した彼のホテルにやってきた。

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目の前には瀬戸の海が広がっていて、そこここに牡蠣棚が浮かんでいる。

その牡蠣棚から選りすぐりの牡蠣を選んできて、腹いっぱい食べようというパーティである。

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Iさんのラン仲間を中心に50人ほどが集まって、楽しいひと時を過ごしたのである。

牡蠣は次から次へと補給されて、牡蠣フライ、牡蠣汁、牡蠣飯、それに目の前では牡蠣が焼かれていて、牡蠣尽くしである。

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実はIさんは、砂漠レースをはじめとしたグレイトレースを次々と走っていて、NHKの中継でも紹介された人物だ。

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私の砂漠行きは、彼の影響が多分にあって、そんなこんな仲間に会いに来たのである。

知り合いは誰もいないかと思いきや、いやいや懐かしい顔ぶれに出会うことになった。

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牡蠣を食べながら、Iさんの砂漠やもろもろのレース談義を聞きながら良い気分になって、

そして今は、新幹線の中である。明日は清水を走らねばならないからね。

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それにしても、人の縁ってのは次々と自分の前にパノラマを広げてくれるものである。

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Iさんに出会わなければ、砂漠に行こうなんて考えもしなかっただろう。

今、隣の席にはウルトラランナーのKさんがいて、彼はアメリカ大陸横断やコムラッズやらを走っている人だ。

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いろいろと、経験談をうかがいながらの帰り旅である。

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2018年2月 9日 (金)

警察での一日

午前中は、所轄署の術科訓練(柔道・県道・逮捕術)納会に招かれて陪席した。

警察官それぞれ鍛錬したその技を競い合うのだが、我こそはと名乗り出た者の競技かと思っていたら、実は命令によって課されていた。

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それぞれが(得意種目と言う訳でなく)地道に訓練を重ねて、その技で戦うのである。

勿論若い人たちが中心だが、その迫力たるや正に壮観であった。

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警察の仕事はその多くがマンパワーて゜あって、緊急災害時など、時には気力が頼りってこともある。

そうしたシチュエーションに備えて、常日頃から鍛錬を怠らないのである。

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以前も書いたように、県民370万人の安心安全を確保しているのが6000人の警察官だ。

事があれば全国に派遣される訳だし、夜間勤務もあるから決して多い人数ではないだろう。

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この納会を終えて、午後は静岡の警察本部に出向いたのである。

公安委員を交えての「市民のための警察」についての意見交換会である。

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県内27警察署から代表者が集まって、市民の意見を警察へ、そして警察の活動を市民にどう広報するか、

はたまた振り込め詐欺などの犯罪抑止対策について意見を交わしたのである。

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私もそうだったが、そもそも警察は一般市民にとっては近寄りがたい存在なのである。

その警察の活動だって、知っているようでほとんど正しくは知られていないと思う。

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警察の内部は細かく専門分野が分かれていて、どんどん緻密化する犯罪や新たな事故などに対応できるよう日進月歩の変化をしている。

お陰で年々刑法犯の数も減ってきている訳で、私達の安心・安全はそうした努力に支えられている。

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そう‥、市民との程よい緊張関係を保ちながら、信頼される市民のための警察を目指しているのである。

少しPRし過ぎたかもしれないが、警察って大変な仕事だよ。

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2018年2月 8日 (木)

老年のミッション

私達は、多分にミッション(使命)によって生かされている。

女房・子供を養わにゃならん、仕事の責任を果たさねば・・、役目をしっかりと務めてなどと、

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そうやって生きてきたし、それはまた生き甲斐(遣り甲斐)でもあった。

私達は、とかく自分の事だけに関心を向けがちだけれども、実は社会的な役割によって元気を出している。

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だから自分のやるべきこと、自分の使命が明確であればあるほど、私達は力強く生きられる。

ところが、あらかたの社会的な使命を果たし終えた老年者にとっては、こいつが希薄になっていく。

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特に、諸々の雑用をテリトリーにしている女性と違って、男にとっては深刻な課題でもある。

殊に古稀を過ぎた男なぞは、「自分のやるべきことが分からない」人が多いのである。

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だから、どうしても愚痴ることが日常化するし、あそこが悪いここも調子が‥などと、内向きに生きることになる。

そうやって、少しずつ自分を無用な廃人へと追いやっていくのである。

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それは私達のミッションが多分に社会的に与えられてきたからで、本来自分の生き様や役割は自分が決めるべきものだ。

社会的にと言ったが、それは皆がそうするからとか、命令されたからなどと、極めて消極的(?)な動機のミッションだったと言う意味だ。

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しかし、家族のそれぞれも自立し、上司なんてものも無くなって唯我独尊を生きる老年期は、自分で自分のミッションを組み立てる必要がある。

人(家族を含め)の為・社会のために自分に何ができるのか、そして自分の可能性は何処までなのか、

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これまで出来なかった事をやり遂げる・・等と、そう、最終章ではやることが多いのである。

100歳を超えてなお医師として、或いは多彩なパフォーマーとして活躍した日野原重明さんの様な生き方が出来れば素晴らしい。

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それで近頃は、「今日のお前のミッションは何? 」「今日のミッションの結果は?」などと自分に問いかけるようにしている。

そしてミッションは、何処かから降ってくるようなものじゃないんだよね。

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2018年2月 7日 (水)

時々根に肥料

至極当たり前なことだが、植物はその根から水分や養分を吸って子孫を増やすし、

動物だってその植物に依拠して生きているから、その土地なりの生き方(生態)になる。

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我々日本民族だって、随分と長い間稲作を基礎にして生きてきた訳だが、今日の様相は一変しているようだ。

食料のカロリーベースの自給率は3割前後らしいから、ほとんど海外からの食糧輸入で胃袋を賄っている。

食に関しては、とっくにその土地に依拠して生きていないってことになるのだが、その心はどうだろうか。

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多くの人達が海外駐在などで働くようになったし、生活そのものも随分にグローバル化した。

家だって転々と移すのも普通になったし、「故郷」のない生活も決して珍しくはなくなった。

土着の思想は薄れ、人それぞれ気儘に生きる時代なのかもしれない。

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そしてその風潮は「郷土愛」なんて言葉を死語にしつつあって、中山間地はより一層の過疎に怯えている。

だが私は、この土地に生まれ育ち、学生時代も含めてずぅ~っとこの土地で生きてきた。

何の変哲もない農村の一角で、取り立てて目立つ程の物もない土地だから、私もそうした風土を多分に身にまとっている。

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この数日の豪雪で往生している東北・北陸の皆さんには申し訳ないが、雪などめったに見ることがない土地である。

だからと言って心底この土地に惚れているのかと言うと、いやもっと歴史のある所、或いは情緒のある所に住みたいとも思う。

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だがしかし、先祖代々受け継がれてきた土地であって、後代に受け継ぐのも私の役割である。

そう・・土地に根を張って生きることが肝心で、現代人はあまりにも軽躁になり過ぎたね。

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私はこの土地に根を張って、やがてその土になるのだから、その土地を肥やさないとね。

最近は、より一層そんなことを考えるようになっている。

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2018年2月 6日 (火)

医者の見立て

すわっブラツクマンディかと思わせるような世界的な株の大暴落で、投資家はやや浮足立っているようだ。

株の暴落は消費を委縮させるし、回復基調にあった世界経済を揺さぶっているようではある。

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しかし今回の動揺は、米国の金融緩和と減税がもたらしたバブルが発端だ。

果たして今夜の市場で米国株が踏みとどまるのかどうか、世界中が見守っている。

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もとより株式市場と言うのはマネーゲームの世界で、競争馬に賭けるのとさして違わない。

この会社が調子良さそうだと思えば買うし、皆が買えば株価が上がって儲かるって訳だ。

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他山の石とはいえ、私達も無関心ではいられない。

しかしながら、金なんてものは使ってなんぼのものであって、貯金が増えたからって何の意味もない。

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問題は、古稀を過ぎた人間が、一体何に金を使うべきかであろう。

古来の、子孫に美田を残さずの例え通り、なまじ遺産を残したばかりの堕落は数知れない。

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だからここは、綺麗さっぱり費消して、遺産など残すまいと思っているのである。

話は一気に変わるが、今日は医者に健康診断書を書いてもらいに行ったのである。

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ナビブの事務局から提出の催促があって、止むなく出かけたのである。

それと言うのも、私は(歯医者を除き)医者などと言うものに縁がなく、掛かりつけ医と言うものがない。

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だから近所の医者に恐る恐る頼みに行った次第だが、これがなかなかの医者であった。

市の健康診断結果も持参して臨んだのだが、問診や心電図の後は、人生観の談議になった。

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彼は「近所に、こんな(挑戦をする)人がいるとは知らなかった。」「陰ながら、全面的に応援したい」と切り出した。

そして70歳にもなって、どこにも悪いところがない。鍛錬の賜物とはいえ、こんな人は久しぶりだと言う。

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待合室を見渡せば、同年配の人達が大勢蒼い顔をして待っているのだから、さもありなんである。

ところで、その医者と金の話になって、ナビブのレースに大金を使うことに彼は大賛同であった。

金なんて、使わなきゃ何の価値もないんだからね。

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2018年2月 5日 (月)

新たなステージへ

立春と言うのは、かつて(明治六年まで)は一年の始まる目安だった。

言うまでもなく旧暦では二月中旬(2月11日前後)が元旦で、気温が少しずつ上がって、梅が咲き始めたり、田を耕し始める頃だ。

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正しく新しい年が始まる訳で、だからこそ初春とか新春の言葉が使われてきたって訳だ。

だけど太陽暦になって寒中の最中なのに、新春の言葉が使われ続けてきたのは、実は旧暦時代の痕跡でしかない。

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そして「春立つ」とは、「立つ」にその現象がはっきりと現れると言う意味がある。

ともあれその立春を過ぎたのに、寒波の襲来とかで「春は名のみの 風の寒さや」って感じである。

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しかしながら私にとっては、70代となって初めての春を迎えている訳で、人生の物語とすればこの春から最終章(デス・ゾーン)に入ったと言える。

良くも悪くも様々な経験と出来事を経てきて、その全てがこの「私」になっているのだと思う。

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しかし、私はこの70の春を機に、「それは、これまでの私だ」と敢えて思おうとしている。

古稀とはよく言ったもので、70の峠を越えて以降、自分の心の中が少しずつ新しくなっている。

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新しくとは、それはデス・ゾーンを見据えた考え方をしようとしているってことだ。

簡単に言うと、嫌なことは極力避けて、何事も思いっきり楽しんでやろうってこと。

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老後と言う言葉があるが、それはやることのない人の話で、人生には老後なんてあるはずがない。

やる事がないから不満や不安を数え暮らし、気の張りが無くなって免疫力も落ちて病気にもなる。

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医者の世話になるのを仕事にして生きる最終章では、それは物語にならないだろう。

だから私は、この最終章を限りなく自分好みに演出しようと思っているのだ。

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2018年2月 4日 (日)

春立ちぬ

立春の日の今日は、春一番を走る森町ロードレースである。

第47回大会で、私も30年ほど前から参加しているから、様々な思い出のある大会でもある。

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私がハーフマラソンを初めて走ったのは、かつての駿府マラソンで、楽々走ることができると思って臨んだのだが、後半の7kmほどは歩くこともままならない状況になった。

やはり30年以上前の思い出だが、この時は走ることの奥の深さを教えられた大会だった。

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その雪辱を晴らすべく森のロードレースに出場した訳で、この時は細君の在所の皆さんが総出で応援してくれた。

その義理の母や父も今はなく、あの一面のレタス畑を走ったかつてのレースとは随分変わった。

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ともあれウルトラの大会がメインとなっている今日、ハーフを走るのはこの大会だけである。

そして100kレースに必要な周到な持続力は必要なく、ハーフは思いっきり走り切ることができるのだ。

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しかも極めて心地良いというか、精一杯懸命に走り切ったって感じが残るのはハーフだ。

今日も1時間50分と昨年より幾分落ちはしたが、60歳以上の部で60位となった。

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と言う訳で、初めての飛び賞と、そして高齢者賞をもらって帰ってきたのである。

そしてこの大会では、思いがけず懐かしい顔に巡り合うことができる。

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今日もあの人この人、そう…10年ぶりでお会いした人も二桁になるかな。

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「あぁ~この人も元気に走っているんだ」って、とっても嬉しくなるひと時だよね。

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人はこうやって年を取って行くのだけれど、それにしてもあの若かった私が高齢者賞をもらうんだから!!

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感慨深いというべきか、生きるものの宿命はたまた人生の面白さかもしれないな。

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2018年2月 3日 (土)

自分の納得

掛川駅10:00に集まったのは、多くが顔なじみの10人である。

そこから「塩の道」を辿って長福寺まで2時間と少し、道すがらの風情を楽しみながら歩いていく。

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途中の無人市でレタスを買ったり、満開の蝋梅を眺めたり、何の変哲もない人々の暮らしを偲んだり、とにかく田舎道を歩くのである。

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やがて長福寺に着いて、そこから寺の裏山の「46億年の地球の旅」を辿るのだ。

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その460mの最後の3cmほどが私達人類の歴史なのだが、ともあれそこは寺の裏庭で、

寺では住職が囲炉裏を温めて待っていてくれた。

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総勢12人ほどが、それぞれの人生観を語り合いながら、時は賑やかに過ぎていく。

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歴史とは、宗教とは、我儘とは・・・・話はあちこち飛ぶが、それぞれが見つめているのは自分の心底だった。

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それはそれ、人生を6~70年もやってれば、見えなかったものがそろり見えてくるのである。

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囲炉裏には赤々と炭火が燃え、その上には美味しい食材が油を滲ませている。

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住職の奥さんが琴を奏で、しばし幽玄の世界に浸ったり、「カッ」とばかりに現実に戻ったり、

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酸いも辛いも訳知った皆さんだけど、それぞれが自分と向き合う時間が流れていた。

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人生は故意に無理することはない、ありのままに、思いのままに生きれば良い。

ただ、その人生が「自分の納得のゆく、そういう自分になれば良い」のである。

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だけど「自分の納得」って、それは容易じゃないよね。

私なぞ、その納得の三分の一も生きちゃいないし、やり残してることが山ほどもある。

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人生がこんなもんだと分かってりゃ、もっと別な生き方があっただろうし、でも、俺はこういう人生を生きちゃったって思いだね。

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今になって、少しは取り返そうってシャカリキになっているけど、でも、それが俺の人生だな。

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せめて「晩年は、納得できる生き方だった」って、納得できるように生きたいと思っている。

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2018年2月 2日 (金)

地球の46億年と私達

暑いの寒いの、政治がどうした、景気が…などと私達は右往左往しながら生きている。

一個の生命体にとって、その生死は後生大事ではあるのだが、この宇宙からすればいかにもか細い。

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それに皆既月食があろうが、それと私達とどう関わっているかなんて考えもしない。

実は明日、菊川の某寺で和尚を囲んでの囲炉裏端会議があるので、そのことを考えたのだ。

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この地球が生まれたのは46億年前とされていて、その地球に10億年後生命が育まれた。

生命が陸に上がったのはそれから36億年後で、私達の始祖となる猿人の登場は200万年前、原人が五十万年前に登場し、旧人は十万年前・・そして様々な理由で絶滅している。

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私達の直接の先祖となる新人の登場はやっと五万年前で、アフリカの南端から長い時間をかけて五大陸に拡散した。

この一連の流れを地球の歴史を一年に例えると、私達の先祖の登場は(今じゃ大きな顔をして生きているけど)最後のたった一秒のうちの、それもわずかに過ぎないのだ。

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ともあれ私達は、その一秒間の間に遺伝的には何も変化せずに、その文化を豊かにすることで繁殖してきた。

その所有する文化を別にすれば、私達は基本的にネアンデルタール人やクロマニョン人と変わりないのである。

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そしてその文化を生み出したものこそ、私達が持て余しているかもしれないヒマなんだ。

自然を洞察したり、狩や栽培を工夫したり、天空を眺めたり冒険したり、歌ったりってことだ。

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そうして蓄積された文化が様々なものを生み出し、継承されて、今日の一秒に至ったのである。

そうしてみると、私達があれこれ想像したり動き回ったり、精一杯自分を表現しようとするのもその流れだよね。

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さぁ~て皆さん、あなたのヒマをどう使っていますか?

明日は囲炉裏を囲んで、人生の四方山を考えてみようと思っている。

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2018年2月 1日 (木)

顔の皺に誇りを

私の知人の76歳になるNさんが、今秋ハワイ島で開催されるトライアスロン世界大会に出場する。

彼の目指すのは、75歳以上の部の世界チャンピオンである。

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当然ながら年相応に皺ばって、体だって日々の鍛錬もあって極めてスリムである。

彼の闘志を知らない人からすれば、只のオジイであろう。

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人は誰だって歳を取る訳で、私も髪は薄くなり、白髪すらも目立って、顔の皺だって私の知らないうちに増えている。

つまり人並みに、歳をとったことを示す明らかな兆候があるってことである。

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それでも私は、その老化と戦うかのように毎日山を走り、次々と自分に課題を突き付けている。

必然として、自分の顔にはより一層深い皺が刻み込まれるのである。

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その皺のひだには人生の経験という財産が蓄えられていて、生きることのセンスだって抜群に進化している。

何ができて何ができないかなんてことは、その経験からすべてお見通しなのである。

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而して、この過ぎ去りゆく「時」に、どんな思い出を記し得るのか、それを意識し続けている。

生きるということは、自分はもとより他の何かの為に咲き続け、そして十分納得した上でいつかは枯れていくってことだろう。

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そして私は(あなたも勿論だが)、自分に「おいお前、ちゃんと生きてるかい?」って問いかける。

私はもう、サムウルソンの言う永遠の青春なんて信じないが、だけど自分の命を十分に燃焼させる術は知っている。

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それは「人生の夕べ」が訪れる前に、自分にできること、その全てをやりつくすことだ。

さ~あて皆さん、人生最大のハザード、その老化への備えは出来ていますか?

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