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2018年2月 5日 (月)

新たなステージへ

立春と言うのは、かつて(明治六年まで)は一年の始まる目安だった。

言うまでもなく旧暦では二月中旬(2月11日前後)が元旦で、気温が少しずつ上がって、梅が咲き始めたり、田を耕し始める頃だ。

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正しく新しい年が始まる訳で、だからこそ初春とか新春の言葉が使われてきたって訳だ。

だけど太陽暦になって寒中の最中なのに、新春の言葉が使われ続けてきたのは、実は旧暦時代の痕跡でしかない。

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そして「春立つ」とは、「立つ」にその現象がはっきりと現れると言う意味がある。

ともあれその立春を過ぎたのに、寒波の襲来とかで「春は名のみの 風の寒さや」って感じである。

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しかしながら私にとっては、70代となって初めての春を迎えている訳で、人生の物語とすればこの春から最終章(デス・ゾーン)に入ったと言える。

良くも悪くも様々な経験と出来事を経てきて、その全てがこの「私」になっているのだと思う。

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しかし、私はこの70の春を機に、「それは、これまでの私だ」と敢えて思おうとしている。

古稀とはよく言ったもので、70の峠を越えて以降、自分の心の中が少しずつ新しくなっている。

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新しくとは、それはデス・ゾーンを見据えた考え方をしようとしているってことだ。

簡単に言うと、嫌なことは極力避けて、何事も思いっきり楽しんでやろうってこと。

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老後と言う言葉があるが、それはやることのない人の話で、人生には老後なんてあるはずがない。

やる事がないから不満や不安を数え暮らし、気の張りが無くなって免疫力も落ちて病気にもなる。

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医者の世話になるのを仕事にして生きる最終章では、それは物語にならないだろう。

だから私は、この最終章を限りなく自分好みに演出しようと思っているのだ。

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