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2018年3月 1日 (木)

巣立ちの春

昨夜来の台風並みの嵐は、しっかりと春を帯同させたようである。

先日来のあの縮みこむような寒さとは、ようやくおさらばの季節である。

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その3月1日は高等学校の卒業式でもあって、私も馴染み深い学校の式に陪席してきた。

卒業していく彼らにとっての三年間は、そう‥・あっという間の密度の高い日々だったのではないか。

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やはり私の思いは、半世紀以上前の自分の卒業式にゆくのだが、実は何も覚えていない。

と言うよりも、私の高校時代は予備校時代と言い換えても良いくらいに、閉塞していた。

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未来への不安と自分の不甲斐なさへの自戒と、かなり陰湿な三年間だったのではないか。

それを考えると、今時の高校生は闊達で常に伸び伸びとしている。

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今日も卒業生呼名の際に「ハイ」ではなく、父兄席に向かって「皆さん、本当にお世話になりました」と、

また別の子は「親しくして頂いた仲間を、決して忘れません」と叫んでいた。

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そうだよな…卒業式だって、形よりも中身だよなって思っていた。

そして巣立って行く彼らの未来には、無限の可能性が広がっているのである。

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それは須らく古稀を迎えた歳だからこそ分かる事どもだが、あの頃はそんなことは露ぞ思わなかった。

今更やり直しが出来る訳もなくどうしようもないのだが、その「今更」は時既に遅しの意味である。

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だから今を生きるに越したことはないのだが、今更と言う言葉は思考停止を招く。

だから私達は、「イマサラ」ではなく、努めて「今から・・」を考えるべきなのだ。

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今から何が出来て、何に挑戦すべきなのか、常にそいつを考えようと思っている。

そして年に一度は、自分でもワクワクするようなイベントを計画するのである。

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私の10年計画の一部ではあるが、それはレースであれ、旅行であれ、創作であれ、自分の生きた印になるのではないかと思っている。

巣立ちの春は、卒業する高校生たちだけのものではないのだ。

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