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2018年3月 2日 (金)

明日ありと

思えば、命と言うものは不思議なものである。

突然病魔に襲われる人もいるし、事故にだって遭遇する訳で、人の命って誰が操っているのだろうと思うくらいだ。

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同年配の仲間に二十年後を語る人がいて、私はそれを「幻想だよ」と内心思っている。

古稀とは良く言ったもので、かくも長妙な時代になったにしても、生物としては稀なのである。

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だから私は70歳を超えて以降、終活は勿論のこと、儲けものの日々だと思って過ごしている。

かと言って、日々の生活に変わりがある訳でもないが、日々新たと言うか「これが最後の日」だ と思えば、そりゃあ景色は変わるよね。

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毎日が一期一会で、出会った人との一言の会話すらが意味深く思えてくるのです。

それに殊更「今、出来ること」を考えるようになっている。

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昨夜も躊躇しないと書いたが、迷うことなく出来ることをやり抜こうと思っている。

思えば いととし この年月 やろうと思って出来なかったことが山程あるではないか。

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その一つ一つをやり通すには、残された時間が少な過ぎるが、悔いを残さぬ程度にはやろうと決意している。

人は兎角無限に生きるものと錯覚して、油断のままに人生を生きてしまうものだ。

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それもその一生ではあるが、そもダラダラと生きるのは私の趣味ではない。

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明日のことは当然考えるけど、先ずは今日一日が充実していたのかどうかを考えたい。

その延長線上に、すべてがあるのだ。

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