« 須磨の海 | トップページ | 人も時間も旅 »

2018年3月12日 (月)

土地にはその土地の

司馬遼太郎は神戸が好きだった・・と思う。

彼の随筆の中にもかなり登場する街で、彼の生まれ故郷の大阪よりも愛着を持って書いている。

Img_9417

昨日までの二日間、神戸のあちこちを自分の足で巡ったのだけれど、確かに味のある処だ。

Img_9422

二十年前の震災からは、猛烈な勢いで復興を果たし、それもきちんと歴史を踏まえている。

Img_9428

やはりその土地の味は歴史の醸し出すものであって、その辺を神戸の人達は心得ている。

Img_9433

先ずは神戸と言えば異人館だが、これは何も北野地区に限ったことではなく、各地に点在している。

Img_9443

東の横浜と並んで最も早く開港して、異国との貿易で発展した神戸である。

Img_9451_2

ジャズにしろ食べ物にしろ、海外の文化を取り入れる玄関口の役割を果たしてきたのだ。

Img_9458

少し異質な異人館が淡路大橋の袂にあって、それ(孫文記念館)はかつて国民党を創設した孫文が演説した公会堂を移設したものだという。

Img_9466

確かに一時日本に避難していた孫文に多くの支援をしたのは、この地の商人達だった。

Img_9471

その記念館を明石海峡を見渡す場所に移設するなどは、やはり神戸の発想だろうか。

Img_9477

神戸の歴史は明治以降が確かに華々しいが、瀬戸内の穏やかな風土は万葉歌人や平家の公達に愛されて不思議のない土地だろう。

Img_9478

その瀬戸内の須磨方面を初めて訪ね、清盛をはじめとした平家の痕跡、それに源氏との騒乱、更にさかのぼれば菅原道真の足跡まである。

Img_9481

勿論、一の谷から壇ノ浦に続く源平戦乱の土地だから、安徳天皇の墓所まである。

Img_9486

平家物語の情感迫るクライマックスは敦盛と熊谷直実の一説だが、それは正にこの須磨の海岸での事であった。

Img_9487

敦盛の首塚にお参りして思ったこと、それはやはり「人の命の儚さ」だろうか。

Img_9488

人が生きて死ぬのは当たり前だが、熊谷直実の死も敦盛の死も、どんな時代であろうと同じ事なのだ。

Img_9497

而して今、この千年余の歴史を見てきた須磨を走っているという不思議、そんなことを感じていた。

Img_9498

やはりその土地にはその土地の重みと言うものがあって、古代から現代をと時代をたどる旅をしたのである。

Img_9500

|

« 須磨の海 | トップページ | 人も時間も旅 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/66489315

この記事へのトラックバック一覧です: 土地にはその土地の:

« 須磨の海 | トップページ | 人も時間も旅 »