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2018年4月28日 (土)

NO5-万平ホテル

 時枝の体は、良く鍛えられて筋肉質で、しかも小娘の様に若々しく均整が取れている。時枝は男の左腕に抱かれて、既に静かな寝息を立て始めていた。その横顔を眺めながら、二人の関係も「もう4年、いや5年が限度かな?」とそう思う。男はもうすぐ70歳になるのだが、全国各地のマラソン大会を走り続けているし、セックスを含めた体力だって若い頃と変わってはいない。幾分頭髪が薄くなって見かけが年寄りっぽくなったが、気持ちはまだまだ若者気分である。「だが、人はどう見るだろうか。と言うよりも、そんな年配の男と付き合う女の気持は、果たしてどうだろうか? やっぱり、5年が限度か。」などと、逡巡しているのである。もちろん親密な二人の時間を失いたくはないが、それは正に未練と言うものだろうと思った。

 朝の明るさが、ほのかにカーテンの間からさし込んでいる。時枝は、昨夜のまま素っ裸で眠っている。男は、そのたおやかな胴のくびれが何とも愛おしく、青春を慕うかの様にそっとさすっていた。すると彼女は「お早うっ、もう朝?」と呟いて微笑み、その顔を男の胸に沈めて唇を押し付けてきた。男はその体を少し強く抱きしめると、自分の思いを振り切るように「折角の軽井沢だし、朝飯前に暫く走ろうか。」と言っていた。

時枝を促してひんやりとした通りに出ると、昨日と打って変わって誰もいなかった。その静かな通りを、別荘地の間を抜け峠に向かって登っていく。幾分息を荒くしている時枝に「あの峠の向こうのトンネルまで行こう。」と言いながら、走る力は未だ時枝に負けちゃいないと安堵していた。

 「お早うございます。さっきは、とっても軽快に走っておられて、恰好良くていいですわね。ホントに羨ましくなりましたよ。」と、朝食の会場で声を掛けてきたのは、隣の席の70代の夫婦である。気さくなその奥さんと違って、親父の方はムスっと黙っている。幾分歳の離れた二人の関係を詮索しているかの様でもある。時枝はそんなことは気にもせず、明るく「私達、ランナーですから。何時も走っているんですよ。」「若々しくって、羨ましいですわよ。」と受け答えしている。軽井沢は半ば若者に占領されてはいるが、やはりそれなりの大人の別荘地なのである。

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