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2018年4月29日 (日)

NO6-バンパイヤー

第二節 バンパイヤー

 翌月、男は日光に遠征していた。杉並木の日光街道や東照宮・中禅寺湖・鬼怒川温泉などを巡って走る日光ウルトラ100kマラソンに参加するためである。未明に宿を出て、午前4時にはスタート会場に入る。男がそのほの暗い体育館に入っていくと、自分に注がれている強い視線に気が付いた。その視線は確かに自分に向かって注がれていて、しかも美しい女性の視線である。こんなところに知り合いがいる筈もないと訝りながら近づくと、「あなた、何でこんな所にいるの?」と語りかけてきた。それでやっと、帽子を目深にかぶって目をキラキラと輝かせている女が、時折マラニックで顔を合わせる春本明枝だと気が付いた。「何だ、明枝さんか。そう言やぁ、ここはあなたの地元だったよね。いやぁ〜、美人に声を掛けられたから、びっくりしちゃったよ。それに、とっても格好いいよ。」

お互いに荷物を預けに向かって二人は別れ別れになったのだが、スタートして10kほど先の日光東照宮の傍らで再び顔を合わせた。「良かったよ、あのまんま人混みで分かれてしまったんじゃ、寂しいからね。」などと話しながら走っていると、行く手はやがてイロハ坂に差し掛かる。

明枝が「あのね。今度下野街道を走るマラニックを計画しているんだけど、貴方にぜひ来てほしいの。下野街道って知っているでしょ。ほら、会津から江戸に向かう江戸時代の街道よ。戊辰戦争の舞台だったし、今年はその戊辰戦争から150年になるの。どう? あなたの趣味に合うでしょう。」と約束を迫ってくる。「下野街道かぁ〜。それも良いけど、それよりも明枝さんの顔を見に来るかなぁ。」と言ううちに、女は「もぉ〜、駄目。あなた、先に行って。」と急な坂に喘ぎながら後退していった。

一瞬自分のペースも落とそうかと考えたが、いろは坂はこのレースの勝負どころである。男は気持ちを入れ替えて、九十九折りに何処までも続く坂道を、自分の活力を確かめるかのように力強く黙々と登っていった。

秋の気配が漂い始めた10月はじめ、男は明枝に誘われたその下野街道に立っていた。東武鉄道会津田島駅を降りて、そこから会津までの60k余を走るのである。塔のへつりや江戸時代の風情をそのままに残す大内宿などを巡って、会津温泉に泊まるマラニックだ。男は、伊達政宗や上杉景勝、そしてまた近世では吉田松陰も辿ったというその杣道を走りながら、不思議な男に巡り合うことになった。その男は豪放磊落で、必要以上に大きなバックパックを背負い、何故か後ろに雨傘を一本挿し込んで走っていた。その風体から、あの放浪の画家・山下清を思わせた。歳の頃は70代の前半であろうか。何でも一代でホテル事業を起こして、今は会社を息子に任せて会長に退いているらしい。

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