« 賤ヶ岳と天女の羽衣 | トップページ | 適応能力を試さん »

2018年4月15日 (日)

マラソンの後に

私達のマラソン大会参加は、それ自体を楽しむのだが、実はアフターマラソンがもっと大切になっている。

と言うか、そいつを楽しむために大会に参加することさえある。

Img_9873

今回も同様で、大会が終わって入浴を済ませると、さっそくの大宴会が始まった。

Img_9872

ようやくにして雨も降りだしたのだが、私達は大きなホール一杯に集まって、それぞれの健闘を称えあうのである。

それに私は参加三回祈念のTシャツ、それに古稀の祝いとして大吟醸を頂いた。

Img_9874

更に二次会は会場を変えての大抽選会で、これでもラン用ロングタイツをゲットした。

Img_9875

大いに楽しんだ後は、更にそれぞれのコテージで夜半まで四方山話である。

こうしてたっぷりと一日をエンジョイし、雨の上がった今日は長浜へと向かった。

Img_9876

長浜では、ユネスコ無形文化遺産の曳山まつりの真っ最中であった。

Img_9878

先ずは黒壁通りを散策しながら、曳山博物館へ向かい、曳山とは何かを勉強する。

初代長浜城主だった羽柴秀吉が、この長浜を城下町にした時から始まったとされるから、それは400年以上の歴史あるお祭りだ。

Img_9879

と言うよりも、子供狂言(歌舞伎)を中心とした奇祭なのである。

Img_9889

例年四つの山組(十二組の曳山のうち四組)が、四畳半の舞台を備えた曳山を繰り出して、

Img_9891

五歳から十二歳の男の子が、それは見事な狂言を披露するのである。

Img_9897

私達が見物できたのは船町組の「一の谷の熊谷陣屋の場」で、45分間のその悲劇であった。

Img_9898

勿論題材は敦盛で、熊谷次郎直実が義経から敦盛の命を(後白河法皇の御落胤故)助けよと命じられ、止む無く自らの子供の首を首実検に差し出すのである。

Img_9899

ともあれ、とてものこと子供の演技とは思えない真柏の舞台に見惚れてしまった。

Img_9903

この祭りを数百年に渡って引き継いできたこの町の気魄は、流石に他には見られないだろう。

Img_9904

今日は、長浜と言う町を再発見したのである。

Img_9907

マラソンがなければ、とてもこんな経験は出来なかっただろう。

|

« 賤ヶ岳と天女の羽衣 | トップページ | 適応能力を試さん »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/66614343

この記事へのトラックバック一覧です: マラソンの後に:

« 賤ヶ岳と天女の羽衣 | トップページ | 適応能力を試さん »