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2018年4月 3日 (火)

心は春霞

熊野は、大小無数の山が寄せ集まったところで、その山伝いに幾筋もの小河川が流れている。

いずれも川底が透けて見える清流で、時々アマゴの稚魚の群れが黒く見えたりする。

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紀州と聞けば随分明るいイメージがあるのだが、実情は山また山の僻地なのである。

実際に私達の辿った160k の街道沿いには、空き家又廃墟と過疎化の足音が聞こえるほどだった。

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だけど古代においては、古事記や日本書紀に頻繁に主要舞台として登場するし、安宅水軍の跋扈もあって、決してへき地ではなかったはずだ。

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それに大和の国創成に関わる伊弉冉や日本武尊ゆかりの地ということで、中世以来この地を恋い慕うのが流行になった。

蟻の熊野詣と呼ばれる、人々の熱狂的な熊野詣の宗教的な習慣にまでなったのである。

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京の都からでさえ往復600k の道のりで、今日の私達が難渋するような難路なのにである。

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貴族も同様で、白河上皇は八回、後白河に至っては何と三十三回に及んでいる。

熊野に何があったのかと思わせるが、それは本宮・新宮・那智の聖地であった。

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その中心は城下町でもあった新宮で、備長炭(紀州田辺の商人・備後屋長右ェ門由来)を江戸や大阪に積み出す商港として栄えていた。

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而して言わずもがな、紀州は古き良き時代の宗教都市なのであった。

司馬遼太郎の若き日、彼は戦地への出征を前にして、高野山への山道を歩いている。

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運命の断崖に差し掛かった若い命が、人生の何事かを見出そうと夜を徹して歩いたのである。

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不肖ながら私はナビブ砂漠250kレースを前にして、伊勢路を辿った訳だがその心は、

「そらになる 心は春の 霞にて 余にはあらじとも 思い立つかな(西行)」であった。

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西行が出家に際して詠んだ句で、心は昨今の春霞のようなのだが、この世との別離

も辞せない思いで向かおうとしている。

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今時そんな大業なと思うなかれ、人生は何時だって真剣勝負なのである。

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