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2018年4月 9日 (月)

私は私

風土や歴史が培った風なのだろうが、日本人はとかく自分を押し出すことを回避する。

私なぞ典型的なその類で、多くの場合周りの顔色を伺いながら行動してきた。

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振り返ってみても、「私が・・」と言う主語で物事を動かしてきた印象が少ない。

正に、共に水利を分け合うことで成立してきた稲作民族特有の習風で生きてきたのだと思う。

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だから真面目で一生懸命で、尚且つ自己主張で軋轢を生むこともなかったのである。

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それはそれで悪くはなかったが、人生としては気概に欠けるし、それに面白くないだろう。

話は変わるが、今日出席した高校入学式の校長訓示で「英語では主語が最初に来て、次にどうする、何故ならと続く」。

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「これからの時代は、意思を明確にした自立が求められるが、その判断力を磨くのが高校時代の学びだ」と話していた。

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確かに英語は意思明瞭で、主語(I、You、How、Whatなど)を先に口に出してしまえば、後の意思疎通は何とかなるって感じだ。

自分の意思を明確にするってことは、それは自から行動することにつながる訳である。

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これからの時代、自らの判断力と責任感、それに自決自行が求められるのは当然だろう。

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誠に遅ればせながら、私もやっとそんな気持ちになっている。

私のこれからの10年計画には「私は私」って項目があって、いたずらな迎合はしないことにしている。

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一見すれば頑固親爺かも知れないが、中身は明らかに違って、そこには自らの意思がある。

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外からの理不尽な圧力があったとしても、そこは断固「嫌なものは嫌」なのである。

ともかくこれからの十年、可能な限り我が道を行こうと思っている。

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先ずは、半月後に迫った砂漠レールを完走し、生きて帰ることである。

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