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2018年4月 7日 (土)

顔は自ら創るもの

確か「四十歳を過ぎたら、自分の顔に責任を持て」と言ったのは、リンカーンだったか。

先日熊野に出向いた折、「セックスは、最大の美容術だ」と言ったら女性陣からシカトされてしまった。

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性的機能が活き活きとしていれば、当然それは顔や表情に現れるという意味で言ったのだ。

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私の育てているブドウも、その管理の如何がたちまちにして表情に現れる。

手抜きをすれば、芽が細ったり房がまばらになったりと、彼女らも実に正直なのである。

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それはあの飼い犬と同じで、散歩て連れ歩く犬の顔は、よぉ~くその飼い主に似ている。

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人間もしかりで、昨日の入学式では全体としてスマートで整った顔が整然と並んでいた。

この点私の子供の頃を考えると、食い付きそうな顔や泣いているような顔、それに如何にも餓鬼大将って顔が並んでいた。

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野菜だって昔はもっと個性的で、こくやあくというか、風味や泥臭さがあった。

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それが今じゃ、みい~んな粒ぞろいの端正な見かけをしたハウスものだ。

人間も同じで、栄養豊かに育って苦労がないから、その顔に味がないのだろう。

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えっ、私の顔?・・・子供の頃は力のない痩せ顔で、如何にもオドオドとその性格が出ていた。

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職に付いてからは次第に自信にあふれた顔になって、(もっとも、鏡など見る暇はなかったが)

そういう環境下で四十年余を過ごしてきたから、私の顔の下地になってしまったようだ。

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定年後暇が出来て鏡を見、自分の顔の爺くささにおよそ嫌気がさした。

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それが最近、その爺臭さに少しばかり味が加わっているのに気が付いた。

「オッ、良い顔になってきたじゃん」と喜んでいるのだが、これも老眼故かも知れない。

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贔屓目に考えれば、毎日の苦行に痩せ細って、その雰囲気が顔にも出てきたのだと思う。

来月の今頃は(望むらくは)真っ黒になって帰国し、一層骨と皮の聖人になっていないかしらん?

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ともあれ、やはり自分の顔は自分で創るのである。

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