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2018年5月 4日 (金)

NO11-決断

第四節 決断

 その夜、時枝とのこの三年余りのことをあれこれと思い出していた。ハラハラドキドキしながら、デートにこぎ着けたあの日。古女房とは全く違った魅力が時枝にはあって、時枝が欲しいと思い続けた一年余りの事。初めてのめくるめくあの日のこと。以来、男は時枝と二人で青春をやり直していたのである。それは、生きていて良かったというか、人生を面白いと実感できる日々だったのである。しかるに、その幸せの日々は既に失われてしまおうとしていた。わずか三年の付き合いなのに、男の心の中での彼女の存在は、何時しか生きる甲斐にまで膨らみつつあったようだ。人生に事故やトラブルはつきものだが、普通は自分の身にそれが降りかかるなんてことは考えないものだ。だが時枝の身に思いもかけず起こった事故は、意外な形で男の残りの人生を深く考えさせる契機になっていた。この先何年生きるのか分からないが、元気なうちにとにかく行動しなければならないと強く考え始めていた。

 翌日、男は朝からパソコンの前に座り込んでいた。あの下野街道で出会った岩原が挑戦したグレイトレースに関する情報を集めたかった。すると主催者の4TM desertsのホームページには、70歳までがエントリーできる年齢と記されていた。「やるなら今回が最後、ラストチャンスだ。」男はそう呟きながら、時枝が砂漠を走りたかったのなら、俺が走ってやろうと考えたのである。それが古稀になろうとする自分に出来ることなのかどうか? だがそれもやがて、岩原に出来たことが自分にできない筈はなかろうと思い始めていた。

 ネットを開いていくと、世界の三大砂漠と南極、その過酷な環境を走り抜くグレイトレースが紹介されていた。そこには自然と人間との壮絶な葛藤が、大自然の中に身を晒して走るランナー達の姿があった。男は僅かに身震いし、ドキドキと鼓動の高まるのを覚えていた。そして次の瞬間には、躊躇も何もなくエントリーの手続きを始めていた。男は、古稀が如何なるものか、それを試さなれければならないと確信を込めて思ったのである。

 翌日からの男の行動は、これまでとは打って変わって鋭敏になった。早朝の一時間は、英会話に没頭する。英会話などことごとく忘れ果てていたが、何とか急ごしらえで大会に間に合わせようと考えていた。砂漠レースは、世界中の人間との出会いの場でもあって、それならば会話くらいはある程度出来なければなるまいと思ったのである。英会話の後は、山の杣道を3時間余り走ることを日課にした。更に加えて、荷物を背負っての訓練を負荷した。砂漠レースでは、必要なものはすべて自分で背負って走らねばならないのである。男の体は、まだ十分にその訓練に堪えうる力を残していた。

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