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2018年5月 5日 (土)

NO12Japan Wolf

第五節 ジャパン ウルフ

 レースが半年後に迫ったその日、男は東京舞浜のレストランにいた。レースに出場する日本人ランナーの結団式でもある。メンバーは9人と聞いていたが、それでも世界中から集まってくる200人余の中では日本人の比率はかなり高い。

 過去に大会に参加した人達も含めて大方が集まった頃、日本事務局のサンディが前に立って話し始めた。彼女は未だ40歳位だが、何処で鍛えたのかバイリンガルで数カ国語を使いこなす。「皆さん、お集まりいただいて有難うございます。レースまで、残り六カ月になりました。まだお見えになっていない方もいますが、経験者も多数参加していますので大いに交流して、4月のレースを準備してください。それではサハラレースの完走を祈念して乾杯しましょう。」みんな初対面なのに、会は和やかに始まっていた。

 今回の参加者はと見渡すと三十前後の若い人達ばかりで、どうやら男が最年長であった。いやもう一人、肌のつやつやとした精悍な60歳位の男がいた。それが、コンサルタント会社を経営している福岡の高田であった。人をそらすことのないスマートな身のこなしが板についていて「向こうに行ったら、よろしくお願いします。どうやらロートルは二人のようですね。」と言うと、「私も、本当は不安一杯でね。どうか、よろしくお願いします」と返してきた。「どうして、ナビブに行くことにしたんですか?」と尋ねると、「いやなに、自分を試してみたいっていうか、人間って誰かに認めてもらいたくて生きているところがあるでしょう。それに異次元の世界に飛び込んで、自分自身が納得したいってことでしょうか。それて俺もここ一番って気持ちですよ」と語り始めた。そこに一人の女性が遅れて入ってきた。

 その女が男を見るなり「エッ」と言った。いつかのマラニックで一緒になったことのある里山澄江であった。男が奇遇に驚いていると「私ね、来年の3月で定年退職なの。それでもう清水の舞台から飛び降りるつもりで、とにかく忘れられない思い出を創ろうと思ったの。」と知り合いを見つけてホントに安心したと付け加えた。澄江は時枝と同じ歳なのである。多分時枝も同じことを考えていたはずで、思わぬ巡り合わせを感じていた。

 その時枝だが、近頃は薬の量が多くなっていて、どうやらうつ病の症状が重くなっている様子だった。

 酒が進むにつれて、話はどんどんと核心へと近づいていく。男の口も酔いに任せて大分軽くなっていた。「大分キザかもしれないけど、だけど私は常にキリンの首にあやかりたいと思っているんですよ。とかく人間は、愚痴ったり他人の悪口を言ったりして自分を慰めて生きがちなものだけど、私は駄目で元々だと思って、あの高い樹の葉っぱを食べてやろうってね、懸命に首を伸ばす方なんです。少しずつ、少しずつね。ほら、英語で人生はlifeだけど、人生を強調するときにはwalk of lifeって書くでしょう。人生は日々の生活の仕方って訳だ。何にもせずにだらだらと無為に日々を過ごせば、それなりの人生。困難を承知であれこれに挑戦して、その山を一つ一つ越えていくのも人生でしょ。私は断然後者だから、今回もこの挑戦をしようと考えたんですよ。」挨拶の続きのつもりでそんなことをしゃべっいた。

 すると高田が少し重々しく口を開いた。「私はね、実は人生なんて何にも考えちゃいないんですよ。60歳の節目を迎えて、何かやらなきゃいけない。それで何ができるか試してみようってのが、今回の挑戦なんです。ナルシストなんですよ、私は。人は誰でも、究極のところで自分が可愛いのだと思う。だから気の弱い人は、自分の殻に閉じこもっちまう。でも、私は逆でしてね。敢えて飛び出して言って、血路を開くって生き方ですね。私はクリスチャンじゃないけど、ほら聖書に<隣人を愛せよってあるでしょう。あんなの嘘だし、欺瞞だと思う。自分をとことん曝け出せないヤツが、他人を愛しむことなんて出来る訳がない。だから理屈はともかく、私は今ナミブの250kを走り通すことだけを考えています。お互いに同じでしょうが、砂漠の250k

がどんな世界なのか究極の場面に立ってみて、それでお互いにゴールを迎えることが出来たなら素晴らしいじゃないですか。ゴールじゃそれこそ思いっ切り抱き合って、お互いの頑張りをたたえあう。それが俺達の隣人愛なんでしょうね。」と難しいことを言い始めていた。

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そこに澄江が「お二人とも、随分いろいろとお考えなんですねェ。私なんか何にも考えちゃいませんよ。」「それより、私達三人だけがシニアのようだから、三人でチーム組みません。日本のシジババグループ。」すかさず高田が「いいねぇ、それで何て名前にするの?」と反応している。「二人とも最初っから、こうワンワン吠えあっているでしょ。だから、もう絶滅しちゃったけど『Japan Wolf』ってのはどお?」「澄江さんは、知恵者だね。それで決まり。三人仲良く、一緒にゴールしようよ。」

 そんな話をしていると、事務局のサンディーがランニングウエアーに装着する日本国旗と大会のパッチを配ってきた。「皆さん、気が合う様子ですね。もう、分からないことはないでしょうね。みんな聞いてってよ。」と言いながら、砂漠で履く靴や砂除けの方法などについて説明していく。

 会が終わりに近づて三人は立ち上がり、お互いに「日本オオカミをナビブの砂漠で復活させましょう」と固く握手しあっていた。これで準備は九割方整ったと、男はそう思った。

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コメント

澄江の「私なんか何も考えちゃいませんよ」っていうセリフはなかなか奥が深いですね……

投稿: そよ子 | 2018年5月 5日 (土) 22時21分

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