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2018年5月27日 (日)

たかが対話だけど

昨日は、ナビブ報告会が重なって、少し影が薄くなったけど定例の勉強会だった。

テーマは「対話について」で、これは極めて平易な話題だけど、実は難しい課題だ。

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それは私達の生活の大半は、話すことと行うことに尽きることでも分かる。

いやさ表面的に見る限り、人生とはどんな対話をし、どんな行動をするかに尽きるのである。

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それにその人間の品性は対話で知れるというか、対話が出来るか否かでそのたしなみの程度が分かる。

中には自分の我ばかりで対話の出来ない人もいて、私はこれを住む世界が違うと判断する。

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対話は人の言葉に耳を傾けることから始まる。

それには「傾聴」と言う言葉があるように、相手に対する敬意(学ぶ姿勢)が不可欠だ。

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自己主張ばかりで、敬意のないところ(例えば国会)に対話などありえない。

勉強会では「口は一つ、耳は二つ。それは喋るのは聞くことの半分にしろってこと」などの発言もあったが、これは至言である。

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実は人は喋りたい(聴いてもらいたい)ものであって、だからこそ聞き役が大切になる。

だから、相手の話を聞こうとする態度が対話の根本と言ってもいいだろう。

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ここで夫婦関係を考えるとかなり示唆的なのだが、大抵の夫婦は長年の付き合いでその機構とする根本が失われてしまっている。

よって多くの夫婦には、実は対話と言うものが失われてしまっているのではないか。

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仮に夫婦であっても、伴侶に対する尊敬が失われては、対話そのものが成立しなくなる。

そして対話の対極にあるのは、怒鳴る、威喝するという行為になる。

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仮に大人同士の付き合いで相手を罵倒してしまったら、その交友関係はたちどころに霧消するだろう。

つまり対話が出来るってことは、その人達の教養、たしなみの程度のバロメーターなのだ。

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