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2018年5月14日 (月)

赤い砂漠

肌寒い朝を迎えたが、今日はいよいよ赤い砂漠への突入と題された84kのオーバーナイトランある。

果たして迷うことなく突破できるのかどうか、最も心配だった第4ステージだ。

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この日からスタート時間が午前8時に繰り上がって、地平線を登り始めたばかりの太陽に向かって進んでいく。

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スケルトンコーストから東に向かうということは、どんどん内陸に入って行くということだ。

そして案の定、一歩進むごとに気温は上がり続けて、次第に灼熱の砂漠になっていく。

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強い陽の光が砂や岩を熱し、それが空気を温めて、熱風となって私達に吹き付けるのだ。

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40度位だろうか、それでも風があった方が涼しく感じるが、体からはどんどん水分が失われていく。

その暑さの中、一時間遅れでスタートしたトップ集団の激走は続いていた。

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私達は15k地点辺りで追い抜かれたが、あの若岡さんはトップ3人に肉薄して頑張っていた。

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しかし、18k地点の給水所辺りからは、倒れ込んでいる人が目立つようになった。

やがて、オーストラリアのエアーズロックを連想させる赤茶色の山が現れ、その山を回り込むように進んでいく。

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その褐色の山裾一帯には、うっすらと小さな植物が生えていて白い花を咲かせている。

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砂漠にもわずかな水分で生きる植物や動物がいるのである。

その緑と小さな花が銀色になびいて、私達砂漠の旅人の心を幾分和ませてくれる。

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山間の地帯を抜けると、今度は平原を20kほども一直線に進むのである。

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この日初めてキソウテンガイを見つけ、若岡さんの言葉を思い出す。

決して美しくもなく、派手さも微塵もない姿で地面にしがみ付いて生きている。

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しかし彼らは、この灼熱の砂漠に深く根を張って、1000年も生き続けるのである。

果たして私達に、そんな地味な生き方が出来るだろうか?

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平原が尽きて47kを過ぎる辺りで陽は西に傾き始め、一番星が輝き始めていた。

このCPの車の陰で夕食を済ませ、ヘッドランプと懐中電灯・背中の点滅燈のチェックを受けて出発である。

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砂漠の夜は、ライトなしではコースか確認できず、進むに進めないのだ。

コースを示すフラッグを見失いがちで、4人で細心の注意を払いながらの行進だ。

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夜の距離は一向にはかどらず、私達4人は代わる代わる歌を歌って進んだ。

私達は「月の砂漠」を、そしてJuliaはイエスタディーを歌ったりして、時を忘れようとしていた。

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日本の「月の砂漠」はメルヘンそのものだが、このナビブ砂漠には金の鞍も銀の鈴もない。

あるのは、真っ暗な大地と砂の道だけである。

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そして、足の沈み込む何時果てるとも知れないサンドロードが続くのである。

76k(残り8k)のCPに着いて給水していると、傍らの寝袋がゴソゴソっと動いた。

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出てきたのは、あの元気だったオーストラリアのジャッキー譲で、足を血まみれにしていた。

それでも「ゴー・バック」と言ってぴっこを引きながら暗い中に消えていった。Img_0083

直ぐに彼女に追いつき追い越したのだが、あの元気印のジャッキーをしてかくのごとくである。

さても、午前三時半、彼方にかすかなテントサイトの光が見えて、やっとこのロングマーチを終えることが出来たのである。

1時間の走行距離は6kだったから、時間の経過は距離そのものだった。

まさに、ロングマーチはその我慢の9時間だった。

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ともあれ、砂まみれのまま、倒れ込むように寝袋に潜り込んだのである。

ともかくも、私達は最大の難所をクリアーしたのである。

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コメント

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ゼッケンを持ってきてください。

砂漠の砂は持ってきましたか?

投稿: ヒロボー | 2018年5月15日 (火) 10時22分

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