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2018年6月13日 (水)

記憶の中に

人生の一コマ一コマは、紛れもなく自分の辿った日々なのだが、はてどれ程記憶している事か。

子供の頃の貧しくとも牧歌の様な日々は鮮烈に残っているのだが、

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それが何時の間にか学生時代になり、そしていつしか定年を迎えたのも遥か彼方なった。

その盛りには盤石と思われたものも、気が付けば、足元の砂がさらさらと流れ出し、私の身の回りの風景も変わっていた。

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女房の両親も私の父もすでに久しく、何時も背中を見ていた親爺のその亡くなった歳に次第に近づいている。

人は誰もが、その持てる時間は違ったとしても、時の旅人なのである。

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その時自分が何をしていたのかが、その連続が人生なのだが、はて70年も生きて来て何が残っているのかと問われると、言葉に窮するのである。

懸命に思い出すとしても、まず先にあれやこれやらの失敗、苦い体験の数々が浮かんでくる。

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その幾つかが最近の夢に登場したりするのだが、流石に歓喜にむせぶなんて記憶は少ない。

我ながら、何故こうも嫌なことばかりを覚えているのかと、時にがっかりもする。

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小学何年だったか…ある冬の朝だった、登校の集合場所に集まって馬乗りをしていた。

ランドセルを傍らの木に掛けて、順番に馬になって連なったり、夢中で乗ったりしていたのだ。

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やがて時間が来て2k先の学校に着き、私が真っ先に机の上に広げたのは、ノートではなく給食の布巾と食器だった。

ランドセルをあの集合場所の木に掛けたまま忘れ(給食の袋だけを持って)きたのである。

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何時ものように持っているものを広げただけなのだが、これ…何とも間抜けな場面になって!!!

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過ぎたことは取り返しなどつく訳もなく、そんな間抜けな話を幾つも記憶しているのである。

ともあれ、これも紛れもなく他人の過去ではなく、そして記憶にも残らないつまらない毎日だって、実は自分にとって掛け替えのないものだ。

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今は、間抜けなことばかりやってきたこの自分を、微笑んで振り返ってみている。

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