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2018年6月12日 (火)

人は一所懸命

私のオヤジの代まで、おおむね一つの土地(田畑)を懸命に耕して生きる時代だった。

殊に農耕民族の典型であったこの日本では、歴史的に「田」が命にも代え難いほどの価値を持った。

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戦後の高度経済成長で、海外から大量の小麦が入り、就業構造も変わって、今では先祖伝来のその田の価値はようやく暴落した。

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私なぞは大学に入る頃まで、親爺の後を継いで農業をやるものと思っていたし、田畑を耕して一生を終えるのが宿命だとも考えていた。

それが昭和45年から始まった休耕政策で一転、サラリーマンとしての日々を過ごすことになった。

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広い世間を知った(育ててもらった)という意味では、その後の経済成長とも相まってラッキーな選択だったと思う。

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しかし私自身は、この生まれ育った土地を離れたことはなく、高々70年だが、この地の変遷を見続けてきた。

故郷は遠き地にありて思うものとされたりもするが、いやさ私にとって掛け替えのない土地である。

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その土地に寝暮らし、ブドウや野菜を育て、次は何を育てようかと一所懸命である。

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朝一番に見回るのがスイカ畑で、日に日に大きく膨らんでいくスイカを愛でている。

次いで実を稔らせ始めたピーマン畑で、今年は50本ほどを育てている。

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ともあれほぼ私の半日は、これらの作物と共にあるのである。

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はて・・・年々歳々、この地に我が先祖が住み着いてから、どれ程の月日が経過している事か。

恐らくは水飲み百姓の時代が長く、累代懸命に生きることに専心してきたのではないか。

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そうした苦しくとも必死に生きてきた系譜を考えると、昨今の少子化は革命にも等しいと思う。

中山間地域のみならず、誰が先祖伝来の地を懸命に守っていくのだろうか?

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