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2018年6月14日 (木)

私の道草

私の子供の頃には、学校までの道筋は舗装などされておらず、凸凹道だった。

当然ながら路肩にはタンポポや大黄、ツーピー草やゲンゲなどが繁茂していて、帰りしなそれを採集して、自分の飼っていたウサギの餌にした。

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誰かの家に立ち寄ったり、隣村の子供達と喧嘩したり、その通学路界隈が自分の世界だった。

田舎の事だから小学校まで2km、中学まで4km程もあって、それを歩いて通ったのである。

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(勉強する? )時間を大切にするという直線的思考をするなら、通学に要した膨大な時間は無駄と言うことになる。

だけどどうだろうか、ツラツラ考えるに、道草(試行錯誤)をしながら、自分の歩む方向を決めていくのが人生だとするならば、あの道程は無駄じゃなかったと思う。

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高度経済成長以降、ITから人工知能にまで、時代はどんどん効率を追い求めて進んでいる。

それはそれで便利を提供してくれるのだから結構だが、しかし私達は効率の為に生きている訳じゃない。

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否むしろ、生き甲斐(家族の慈しみや恋愛、趣味や園芸)などと言うものは非効率の中にある。

私の母親は実直な人で、「道草なんてしないで…」というのが口癖だった。

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目的に向かってひたすら真っすぐに、歩くのも速足で人に負けるなって主義だった。

今でもそんな気性は変わらないが、しかし、何に向かって突き進むのかが問われている。

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学生時代は勉学、そして就職すれば出世だとしても、では退職したらどこに向かうのか?

そもそも、人生の本道(主目的) とは何なのかと考えても、そんなものは無い。

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「豊かな生活を実現する」などと言う人もいるが、一体何が豊かなのかそれすら不明ではないか。

そもそも私達は、目的や意図をもって生まれてきた訳じゃない。

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むしろ、与えられた命をどう全うするかということが肝心で、その選択肢に一直線なんてことはあり得ない。

むしろ、あれこれと迷いながら、そいつ(道草)を楽しみながら生きているのではないか。

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而して最近の私は、道草ばかりである。

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