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2018年7月15日 (日)

人生は二輪車

幸か不幸か、幾ばくかの蓄えがあれば、私の様な隠居は何もしなくても生きていける。

なるべく腹が減らないように、鼻糞でもほじりながら愚痴って暮らしゃ良いんだ。

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しかしながら、世の同輩諸氏がひねもす如何様に過ごしているかはともかく、私は何もせずにはいられない性分だ。

だから寝ているとき以外は、走っているか立っているか、兎に角動き回っている。

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立っていると言っても、ただボーっと立っているって事は出来ないから、何事かをやるために立っている。

そうして何かを夢中でやっていると、その一日が何故か充実したものに思われてくる。

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そしてこれまでの人生を振り返ると、人生ってのは、自分の力で漕がないと倒れてしまう自転車に似ていると思っている。

自分の力で前に進もうとしてペタルを漕ぐからこそ、随分と先(遠く)まで行けるんだ。

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自転車との付き合いは、中学へは4k、高校へは6k通ったし随分になるが、今だって駅までは大抵自転車だ。

高校の頃、友達と二人で遠出をしようと言うことになって、自転車で佐久間ダムまで(70k)向かったことがある。

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当時の事だから舗装道路などなく、オマケに狭い道を工事用のトラックが沢山走っていた。

その濛々と砂塵を上げる砂利道を悪戦苦闘して、ダムに辿り着いたのは午後二時過ぎだった。

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勿論、引き返して帰宅したのは晩も遅くなっていて、家族を随分と心配させたことがある。

その私の友達は、砂塵を一日中たっぷりと吸って、その後肺炎で随分と苦しんだ。

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話が脱線したけれど、井の中の蛙が、自分の力で別世界まで行けると知ったのはこの時だった。

以来、名実ともに、自分の足を推進力にして、この平成30年までやってきたのである。

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何処まで行けるのかは別にして、登り坂だろうが逆風だろうが、人生のペタルは踏み続けなきゃならない。

今度は何処まで行けるのかって、それを楽しみにね。

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2018年7月14日 (土)

人生を味わう

梅雨明けと同時に蝉がうるさいほど鳴き始め、おぉ、いきなり盛夏だって納得した。

それが今朝、庭に一匹の蝉が死んで転がっているのを見つけた。

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鳴き始めて間もないのに・・・・と、ほんの一瞬だがその蝉に同情を寄せていた。

だってあの蝉が生まれたのは七年前だぜ、それがたった一日鳴いただけじゃ、何の為に生きて来たのかって思ったんだ。

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彼らの土の中で暮らす幼虫時代がどんな具合か知らないが、やはり成虫が大切でしょ。

蝉よりずぅっと長生きする人間だが、それだって百年先には、そのほとんどがこの世からいなくなる。

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百年先にゃ、この世の役者は、すっかり入れ替わるってことだ。

たった一日か100年かの違いがあったとしても、儚い命であることに違いはない。

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そして、人生の成否はその味わい方なんじゃなかろうか。

失敗や成功、悲しみや喜び、その日々繰り広げられる出来事をどう味わうかってことだ。

それで味わいにはやはり感性が必要で、つまりは色々感じて考えるってことかな。

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私も、さっきまでうるさいと思った蝉の合唱だが、何だか愛おしくも思えたのである。

思えばこれまでの人生は、立ち止まって感じる事より、直線的に進むことの方が多かった。

何もかも競争で、そんな余裕もなかったし、精一杯生きてきたつもりでも、味わっちゃ来なかった。

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それに人生なんて、永遠に続くとさえ思っていたんだから。

それがここに来て、人生って味わわなきゃ駄目だよなって思い始めているのである。

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そう思って辺りを見回すと、これまで味わってこなかった事どもが一杯見えてきた。

春夏秋冬の移ろいや植物の成長、そして人の心の変化なんかもね。

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2018年7月13日 (金)

ジイサンなのかなぁ~?

93歳のお袋と暮らしてるんだけど、本人は時々「ここまで生きたら、もういい」などと言う。

だけど、自分の部屋では、高い化粧品を買ってせっせと化粧している。

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それに毎日草取りやら自分の仕事を探していて、そんなお袋と暮らしているせいか、私自身が爺さんだって自覚がない。

保育園の子供達には「お兄さん」と呼ばせているし、お袋くらいの歳ならともかく、今のところは青壮年の気分なのである。

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しかし昔歌った村の船頭さんじゃ「年はとっても、お舟漕ぐ時は、元気いっぱい、櫓がしなる。」と歌って、「・・・・今年六十のお爺さん」となるのである。

六十で爺さんなら、七十じゃとんでもないヒヒシジイの筈だが、それがさっぱり自覚がない。

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本来爺さんってものは、ズラした鼻眼鏡越しに上目遣いに人を見たり、大業なステッキを持って周囲を大えばりで歩いたり、そう・・・みだりに口をきけないような雰囲気があったはずだ。

それが毎朝街頭に立って、誰彼となく「お早う御座います。」と平身低頭挨拶している。

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山を走り畑を耕し、若者並み、いや若者以上に毎日体を動かしている。

それで、いつ爺さんになったら良いのかと思うほどだが、最近これはお袋のお陰だと気付いた。

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実は、近頃走る仲間にも足腰の故障者が続出していて、何とか直そうと悪戦苦闘している。

特定の部位が痛かったり、重かったりしびれたり、それで医者に通ってあれこれと愚痴ったり、走行しているうちに慢性的な病気になる。

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つまりちょっとした故障が、老化を一気に進めちゃうって訳だ。

私にも故障は無かった訳ではないが、それを乗り越えてこられたってのは、お袋が頑健に生んでくれたお陰って次第だ。

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それに貧乏暮らしが長かったから、粗食に耐えることが出来るってのも立派な資質だ。

それで「疲れた。」なんて決して言わないで「あぁ、気持ち良かった。」って思うようにしている。

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いまのところ、この作戦は上々の戦果を挙げているんだ。

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2018年7月12日 (木)

何が面白いのか?

何時もの様に規則正しく時は過ぎていくのだが、フッとそんな疑問が湧くのである。

走ることも一日にメリハリをつけてくれるし、ブドウをはじめとした畑の作物は私の活力源だ。

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毎日の様にスイカを収穫し、ランから帰ると冷やしておいたそいつを食べるのだが、それがえも言えないほど美味なのである。

明日からは再びブドウの収穫を始めるし、毎朝のキュウリやオクラ、それにインゲンやトマトの収穫も嬉しいものである。

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晴耕雨読とは良く言ったもので、つくづく私には畑をいじるのが適っているのかも知れない。

時々仲間とのマラニックや登山に出かけたりして、何の不満もなく日々を過ごしている。

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子供からも女房からも解放されて、一日の大部分を自由に使うことが出来る。

しかしながら、俺の人生はこんなに平穏安泰に過ぎ去ってしまって良いのだろうかって気持ちがある。

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どんなに権勢を謳歌した人だって、人間誰もがいずれは土になる。

いやさ、この宇宙・地球さえも、元を辿れは宇宙の塵から始まったもので、何時の日かはチリに帰るのだ。

話を大きくし過ぎたが、面白いことがあるなら、出来るうちにやっておきたいと言うことである。

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やがて時の試練は、容赦なく私の行動と選択の自由を制約するだろうし、行動するなら今しかない。

実は定年後の準備は四十過ぎから始めていて、その須らくが計画通り進んできた。

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ラン、農園、コミュニティ、著述で事足りると考えてきたのだが、人間ってやつは欲が深い。

未だ見ぬものへのチャレンジによって、ワクワク・ドキドキしていたいのである。

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そう…年を取ればとったなりの可能性を追い求めたい。

その何かを追い求めるプロセスが、面白さではなかろうか。

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2018年7月11日 (水)

創めること

交通安全運動の一環とかで、今朝は自治会の役員10人程と共に交差点に立った。

たかが旗振りではあっても、初心者がきびきびと動けるものではない。

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だからほとんど幟を持っての見物なのだが、その中の一人が横断歩道の中央に立つ私に向かって、「立派な、羨ましい足だなぁ~」と感嘆の声を上げた。

振り返れば私と同年配の男で、色白な上に「老」の雰囲気を顔に漂わせていた。

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褒められるに越したことは無いのだが、生半可な努力でこの足が維持されている訳じゃない。

山の中を月間450kも走っていると聞けば、彼氏は恐らく二の句が継げないだろう。

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それもこの30年何の継続のなせる業であって、一朝一夕に適うことでもない。

ともあれ人間は元来が保守的で、歳と共に過去に経験したことしかやらなくなっていく。

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殊に古稀を過ぎたりすると、人生の下り坂を踏みしめることに汲々とするようになる。

だから、恋や仕事、はたまたちょっとした冒険など、新たな挑戦などは考えもしなくなる。

しかし、自由に活動できる老年期こそ、自分の新たな人生を開発する好機なのだ。

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1011年生まれの日野原重明さんが、新老人の四つの目標と言うことを言っている。

一つは、愛すること。二つ目は、創めること。三つめは、耐えること。四つ目は、子供と接することだ。

そして、私に最も欠けているのは、創めることかもしれないと思った。

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この歳になって何か新たなことに取り組むってのは、中々にして容易なことではない。

どうしても、過去の経験への依存と惰性に走ってしまうからだ。

ここは心して、リクエイティブな創造の世界を切り開くと覚悟しなければできないことだ。

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陶芸や俳句、絵画や英会話などに取り組む人も見られるが、実は私が切り開くべく分野は何かと思案を始めている。

とりあえず取り組んだ著作は、私小説はともかくこれを広げるのは容易なことではない。

私にこれまで出来なかったこと、それもかなり難しいことに挑戦したいのだが・・・・。

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2018年7月10日 (火)

夏点描

真夏の太陽が、ジリジリと照り付けている。

その太陽の下でひときわ元気なのが水稲で、土用干しの田でスックと直立している。

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この時期、田の水を抜いて乾かし、脱窒(余分なチッソ成分を揮散させる)をする。

稲は余分な成長をしなくなって、この後はひたすら生殖成長へと転換するのである。

原理はともあれ、この毅然と空を見上げて立ち上がるこの時期の稲の姿が(これからやるぞって感じで)好きだ。

これが秋になると、「稔るほど 頭の低き 稲穂かな」で、これはこれで良いのだが・・・・・。

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さてこそ、一か月ほど前に子供達が挿したサツマイモも、一斉に繁茂し始めている。

もう半月程もすれば、この空間を埋め尽くしてしまうだろう。

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このサツマイモの性強さと言うか、生命力も夏の醍醐味だと思っている。

いや負けずに花を咲かせているのはオクラで、花を咲かせると驚くような速さで鞘を作る。

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その幼鞘を毎朝頂くのが、この夏の日課になっている。

ところで私のブドウ達だが、デラウエアの収穫は既に終わり、ベニバラード・サマーブラックに移行しようとしている。

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今年の梅雨明けが早かったように、全体として前倒しで進んでいて、ピオーネや水峰、シャインマスカットも次第にその艶を増してきている。

この梅雨明け後の日照で、一気にその糖度を上げるのではないかと思っている。

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さてもこの私だが、連日の熱中症警報(過激な運動は止める)を無視して、大汗を流しながら山を3時間近く走っているる

殊更高齢者は熱中症になり易いようだが、今のところ私にはあまり縁がなさそうである。

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もっとも、山で倒れたとしてもそれはそれで、本望だと考えているのだが…。

ただこの陽射しのお陰で、日焼けで足も手足も真っ黒になって、時々交通整理人と間違えられる。

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2018年7月 9日 (月)

夢幻の如く

豪雨禍を残して、一気に梅雨が明け、いよいよ夏本番である。

入道雲が勢いよく湧き上がり、蝉が鳴いてヒマワリが咲き、あの夏のパターンに突入である。

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と言っても、隠居の私の毎日は何一つ変わることなく、平穏無事に過ぎ去っていく。

「そうだ。俺は隠居だ。」と思いつつ、何故か幸若舞の「敦盛」の一節を思い出した。

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「人間五十年、化天のうちを比ぶれば 夢幻のごとくなり・・・・」の、あれである。

果たして、これまで生きて来た時代が化天だとは思わないが、確かに来し方は夢幻かも知れない。

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敦盛は「どうせ人生五十年なら、思い切って生きるさ!」って雰囲気もあるが、源氏の武将〇×は敦盛を討った後、世をはかなんで隠居し出家の道に入る。

ともあれその後幸若の「人間五十年」は、定年退職(隠居)の年齢として昭和末年頃まで続くのである。

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長寿社会を迎えた今日では五十はまだ青二歳の感があるが、隠居してから大きな仕事を残した人だって多いのである。

例えば伊能忠敬(演じた加藤剛が80歳で亡くなった)しかり、「民間省要」を著し幕臣となって治水事業に貢献した田中丘隅などである。

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つまり隠居してから花開く人だってあるって訳で、私の隠居道を如何にせんと考えた訳だ。

隠居とは言ってもまったくの自由人で、そこそこ金はあるし、もちろん時間はたっぷりとある。

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体力・知力だってまだまだ・・・・と思いながら、これを気のままに遊蕩三昧で過ごして良いものかどうか?

そして最大の問題は、何に取り組むかということと、如何にモチベーションを維持できるかだ。

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書き進めている著作「時のしるし」は、妄想と現実の狭間で難渋しているし、自分の能力にも限度がある。

世のため人のため、そして自分の為に何が出来るのだろう・・・・と逡巡する毎日だ。

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2018年7月 8日 (日)

白虎

人生の有限感と言うものを感じたのは、古希を通過した頃だった。

それまでは自分の能力の限界は分かっていても、人生は無限に続くと思っていた。

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午前中、山を走っていてNさんとお会いしたのだが、顔を合わせるなり「俺は、寂しいよ」と言う。

どうしたのかと尋ねると、「次々と、親しかった人が亡くなっていく」と言う。

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Nさんは78歳で健康そのものなのだが、同級生などの訃報に接する度にショックを受けるとおっしゃるのだ。

そう・・・人も自分も、生きている限り、その人生を何時かは終わらせなければならない。

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奈良明日香の高松塚古墳には東側の壁に清龍(玄武)が、西側には白虎が描かれている。

古くからの東洋思想では、人生を春夏秋冬の四季に例えられるのが常だ。

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そして幼少期は冬で、亀(玄武)に例えられ、亀のように地を這い知力・体力を養う時だ。

やがて春を迎えるのだが、この時期を象徴するのが青龍で、怖いものなしの青春期かな。

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大学入試やら就職やら、色々と不安は一杯だけど、夢の様なひと時を過ごすのだ。

春の次には、人生の最盛期である朱夏(朱雀)を迎え、ともすれば永遠にこんな時期が続くと錯覚もしている。

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それが突然定年を迎え、あれほど派手に飛び回っていた雀も、ぱたりと飛ぶことが出来なくなる。

そんな朱い夏が終わりを迎える頃、人は誰もが己が人生の有限を意識するようになる。

それが私の古稀であって、そこからが人生は秋を迎えることになるのだ。

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昔の人はそれを白い秋と呼んで、最強の虎(白虎)に準えた。

高松塚古墳の西の壁に描かれた白虎は、虎のごとく強く、世間を睥睨して生きる象徴でもある。

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それにしても酸いも辛いも熟知した人生の後半期を、白虎に例える感性に恐れ入る。

人生の後半期は冬ではなく、人生の収穫を謳歌する秋なのだ。

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2018年7月 7日 (土)

一等賞

私は団塊の世代の先頭だから、いつも鮨詰め教室で、激しい競争が当たり前だった。

中学の頃だって同級生が370人ほどもいて、その皆が競争相手だった。

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腕っぷしの強い子、かけっこに勉強などなど、そのいずれでも私は先頭に立ったことがない。

先頭に立つ子らの背中を伺いつつ、何時だってオドオドと辺りを見回していた。

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そんな子だったから、当然ながら「あなたが一番です」と褒められたことがない。

ところがである。・・・古希を迎えてからこの方、次々と一等賞を頂く様になったのである。

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春先の富士五湖ウルトラでこそ年代別二位だったが、野辺山70k一位、日光100kも一位である。

それにナビブ砂漠のグレイトレースでは、オールデイスト賞を頂いた。

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いやなに、だからと言って手放しで喜んでいる訳ではない。

実は分母(競争相手)が少なくなったに過ぎないのだが、そいつが肝心だと思っている。

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70歳を過ぎて頑張っているヤツがいて、その先頭に俺が立っているって訳だからさ。

増して人生100年時代ともなりゃ、老年の期間がものすごく長いってことになる。

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人生の最終章の重みがグンと増している訳で、この章の過ごし方如何で昔の一等賞なんて消し飛んじゃう。

話は少し飛ぶが、前述したように私は随分と消極的な子供時代を過ごしてしまった。

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今だって、この私の内面には常に「やろう」「できりゃ、止めよう」という両面の葛藤がある。

砂漠レースに挑戦する時だって随分迷ったし、ウルトラマラソンだって嬉々として出かけている訳じゃない。

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その気弱な私を「やろう」に仕向けてくれたのは、実は40歳過ぎから始めた走ることだ。

走るってことは、気弱な自分と前向きな自分を戦わせることであって、ひ弱な自分を鍛えることでもある。

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そうやって既に30年が過ぎ、やっと一等賞を頂けるようになったって次第だ。

これから先、この一等賞をどれだけゲットできるか、集めてみようという気になっている。

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2018年7月 6日 (金)

円熟の老年へ

今日は、床屋に行って整髪したせいか、少しさっぱりした気分である。

馬子にも衣装と言うが、代わり映えもしないのに、なんだか幾分若返ったような気持ちで帰ってきた。

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しかしこうしている間にも日一日と年を取っている訳で、残り少ない(?)命を考えると、若返ったなどと言っている暇はない。

サミエル・ウルマンの「青春」には、私にとっても納得と言うか、大いに元気をもらってきた。

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「青春とは、・・・・・。年を重ねただけでは人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。」

だがどうだろうか、理想を持ち続けていたとしても、人は確実に老いていくのである。

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そもそもウルマンは詩人ではなく、ドイツ生まれでアメリカに移住して成功した実業家だ。

恐らくウルマンは、事業の成功へと導いた自分の人生を詩にしたのではなかろうか?

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歳をとっても気持ちさえ若々しければ、それは人生の青春である。

心が衰え、心の若さを失えば、それが老いである。・・・・・確かに高齢者にとっては耳にやさしい名言ではある。

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しかし幾ら力んでみたところで、皺は増えるし頭髪が薄くなるのは避けようもない。

青春がそれほどのものだったかと振り返ってみても、甘酸っぱい恥多き時代だったのかもしれない。

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あの不安定な若かった時代と今を比べれば、私にとっては断然今の方がベターだ。

それは若さには無限の可能性があるが、その可能性の分だけ不安もあるのだ。

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若けりゃ良いってもんじゃないんであって、私は歳を取るのを楽しむ方を選びたい。

勿論健康で心身ともに元気でなきゃならないが、その元気は自分で作り出す。

元気の源は、生き生きと動き回って、何事にも精一杯励むことだろう。

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頭も体も、どんどん活動することによって活力が生まれるんだ。

而して、若い時にはできなかったあれこれに、冒険心を持って挑戦していきたい。

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2018年7月 5日 (木)

己が流儀?

バブル景気の最盛期だったろうか、「我らが流儀」などとカッコ付ける風潮があった。

俺は・私はこれこれに拘って生きるなどと、ブランド物やファッション、或いは物言いに拘るのである。

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自分は○×であると決めて、その範疇で粋がると言うか、要するに格好をつけるのだ。

今でも「私って、こういう人なの」などと、自らを限定して生きている人を時折見かける。

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一つの生き方には違いないが、過去に拘泥して冒険を放棄した生き方で好きではない。

生きていれば喜怒哀楽色々な感情があるが、まったく無益な感情が二つある。

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それは過去を悪戯に悔やむことと、将来へのいわれなき不安の中にいることだ。

いずれも「今日を生きる」ことを邪魔する感情で、過去に委縮し、将来に立ちすくむことにつながっている。

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過ぎたことにウジウジと悔悟してたって始まらないし、どう展開するのかも知れない未来をただ恐れていても明日は来ないだろう。

我らが流儀って生き方は、自分を固定して過去と未来から自分をガードするやり方だ。

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そもそも人間は、過去の蓄積に縛られていて、そこから抜け出すのは容易なことじゃない。

例えば某上場企業の部長を務めた人が、そのキャラを抜け出すことが出来ないようにね。

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だけど、ガキの頃ああだったとか、出世して威張ってたなんてことは、この期に及んで何の意味もない。

それは単に、過去の鎖を引きずる停滞人間を意味するだけだろう。

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過去はどうあれ今は今、今をこそどう生きているかが、今生の価値なのである。

だから時とともに、自在に自分を変えていけば良いのだが、それがそんなに簡単じゃない。

歳を経るにしたがって、自分を変えるってことには大きなエネルギーがいるのである。

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それでも内気で気の小さな男が、自らの殻を破ろうと日々足掻いている。

そのあくなき挑戦が、生き方としての真の我が流儀なのである。

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2018年7月 4日 (水)

自然人なりせぱ

夜の訪れとともに眠り、夜明けと共に起き出す、その自然人になって久しい(一年余)。

夏至を過ぎて暫く経つが、四時半過ぎが夜明けなんだから、活動する身にはありがたい。

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起き出して先ずは、届いたばかりの牛乳にプロテインを溶かし、新聞三紙に目を通しながらゆっくりと飲む。

五時半、(寝ている細君は迷惑なんだろうが)居間と台所のカーテンを開け、それとなく朝を告げてから、ブドウの収穫に取り掛かるのである。

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七時近くなって朝食を食べさせてもらえるが、直ぐに街頭に立って子供たちを迎える時間だ。

だがその後は、私にとって真に有り難い無所属の時間なのである。

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山に走りに行こうが、畑の作物を見回ろうが、はたまた本を読もうが勝手気ままなのだ。

人生の大半を時間に追われて過ごしてきた身にしてみれば、これは天国とも言うべきか。

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しかしながらすべてが無所属でも不安だから、少しずつ(今日はあれをする日などと)色付けをする。

勿論その色付けは勝手気ままだし、状況によって融通無碍でもある。

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畑の管理にしても楽しみでこそあれ、働き通しなんて切迫感は全くない。

もっとも、一週間の内に全く違う一日、一年の間に全く異なった一週間などと、普段の時間とは違う時間を過ごすようにしている。

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それは映画を観てもよいし、季節の風物詩を訪ねたり、人と会うのもより一層楽しいね。

早生のデラウエアの収穫はそろそろ終わりで、次のサマーブラックや紅バラードので少し間がある。

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この空白の時間を、どうしようかと思案しているけど、著作に充てようかしら??。

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2018年7月 3日 (火)

脳を操る

もう70年も生きて来たから、頭の中は過去の諸々で一杯なはずだ。

それで毎夜のように夢を観るのだが、何時も決まって過去の断片が不思議に組み合わさった奇妙ケテレツな夢だ。

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昨夜(今未明?)も、名前も思い出さないような人と難しい議論をしていた。

しかし、過去のあれこれについてジタバタしても詮無いことで、これからに何の役にも立たないのである。

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出来れば輝かしい未来の夢なら観たいとも思うのだが、そんな夢は見たこともない。

脳は自分のCPUには違いなかろうが、実は自分の正体はどこか別のところにあるのではないかと思っている。

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望むらくは、その自分自身にCPUたる脳をコントロールさせたいのである。

かつての私は、過敏なほど人の評価が気になって、「こんな格好で、変に思われちゃやしないか」とか「あんなこと言って、気を悪くしたんじゃ‥」etc・・それで何時も苦しんでいた。

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そもそも人の評価なんて、それは勝手なもので、そんなこと気にしたって始まらないのである。

にもかかわらず、ウジウジと逡巡して半ば神経症にまでなったことがある。

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そんなこんなの世俗から解放されて、今じゃ自由を謳歌している次第だが、そんな気弱な脳からも解放されて、逆にこいつをコントロールしてやれって思っている。

脳はパソコンのキーボードからの入力の様に、モードの入れ方次第でコントロールできる。

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私のやり方は、「今日は、良い日になるぞ~」とか「きっと、出来る」などと口に出して、言い聞かせるのである。

間違っても「あの野郎」などとは言わないで、喜怒哀楽をコントロールするのだ。

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私のパーソナルコンピュータも最近ではかなり従順になってきて、かなり繊細な感情までも操れるようになっている。

老い先短い人生ではあるし、生きるのは今しかないのであって、この脳のコントロールは大きなツールだ。

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何時もの様に少々くどいが、生きるのは今しかないのである。

是非とも、この脳を(ボケる前に)自在に操りたいと思っている。

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2018年7月 2日 (月)

四方山な予感

このところ動くだけで汗が滴る様な、そんな夏日が続いている。

尚且つ、日課のランは欠かさないのだから、栄養(水分)補給にはかなり気を配っている。

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ところで、あの歌丸さんが81歳で亡くなったと報じられ、思ったのは「俺も、それ位かなぁ~」ってこと。

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過去の十年を振り返ってみても、そうさなぁ~思い出も色々とあるけれど、それはついこの間の様な気もする。

それにこれからは、これまでの十年よりも単調になって、ともすれば十年一日の如くなりかねない。

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勿論の事、心して山谷のハザードを乗り越えて行くつもりだが、これはやってみなきゃ分からない。

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ただ、この十年をしっかり生きないといかんってことだけは、極めてはっきりとしている。

そのうち大地震が起るかも知れないし、経済的なハザードに遭遇するかもしれない。

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殊に米中貿易戦争は、場合によっては世界恐慌をも惹起しかねない訳で、事態は日一日と深刻度を増している。

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事によれば、今日がブラックマンデーとして歴史にその名を記す日なのかもしれない。

所詮先の事なんて成るようになるだけで、心配してみたって始まらないが、何だかそんな予感がする。

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政治が・経済がどうなろうが、私に残された月日が10年だとすれば、じっくりとその変遷を見届けてやろうと思う。

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仮に明日、株価が暴落したとしても、それは驚くにはあたらないだろう。

この期に及んで、何が起こったって怖わかぁないぞ。

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2018年7月 1日 (日)

ランにもそれぞれの人生

今日は、石巻登山マラソンに出かけた。

豊橋の山側の一番奥まったところにある石灰岩の山(358m)で、かつての山城跡でもある。

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その山裾に石巻神社があるのだが、その神社の宝物は大般若経の600巻と記されている。

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神仏混交の名残なのかどうか、れっきとした神社に経典が収蔵されているんだから、日本人の感性の一端が知れる。

ともあれ私達は、その神社の脇をスタートして、石巻山を往復(二度登る)するのである。

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急な登り下りに加えて、むしむしする暑さだから汗腺は全開で、気持ち良い位に汗をかく。

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距離こそ16k余とさしたることは無いが、その距離をそれぞれがマイペースでかけていく。

その間にお互いが二度ほどすれ違う訳で、その顔を合わせる際にお互いの人生が垣間見えるのである。

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勿論喘ぎながらあ懸命に走る人もいるが、基本はマイペースで、不思議にその走り方にその人の生き方までもが投影されている。

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そうしてゴールした後には、風呂と懇親会が待っていて、その各人がそれぞれのスピーチをするのである。

そのスピーチにも、日ごろの生き様が滲み出していて、ふぅ~ん・そうかぁ~と実に面白い。

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実はこの大会、もう既に四十年以上続いていて、そうしたアットホームな雰囲気を楽しむ人たちが集まる。

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私もその一人で、今回で7回目になった。

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フルマラソンやウルトラも勿論面白いが、常連か集まるこの大会は一味違う気がする。

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走って汗をかいて集って、人を知る・・・・何だかホッとするような一日であった。

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日差しはじりじりと刺すようで、明日辺りにはこの地域も梅雨明けになるのではなかろうか。

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