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2018年7月 8日 (日)

白虎

人生の有限感と言うものを感じたのは、古希を通過した頃だった。

それまでは自分の能力の限界は分かっていても、人生は無限に続くと思っていた。

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午前中、山を走っていてNさんとお会いしたのだが、顔を合わせるなり「俺は、寂しいよ」と言う。

どうしたのかと尋ねると、「次々と、親しかった人が亡くなっていく」と言う。

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Nさんは78歳で健康そのものなのだが、同級生などの訃報に接する度にショックを受けるとおっしゃるのだ。

そう・・・人も自分も、生きている限り、その人生を何時かは終わらせなければならない。

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奈良明日香の高松塚古墳には東側の壁に清龍(玄武)が、西側には白虎が描かれている。

古くからの東洋思想では、人生を春夏秋冬の四季に例えられるのが常だ。

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そして幼少期は冬で、亀(玄武)に例えられ、亀のように地を這い知力・体力を養う時だ。

やがて春を迎えるのだが、この時期を象徴するのが青龍で、怖いものなしの青春期かな。

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大学入試やら就職やら、色々と不安は一杯だけど、夢の様なひと時を過ごすのだ。

春の次には、人生の最盛期である朱夏(朱雀)を迎え、ともすれば永遠にこんな時期が続くと錯覚もしている。

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それが突然定年を迎え、あれほど派手に飛び回っていた雀も、ぱたりと飛ぶことが出来なくなる。

そんな朱い夏が終わりを迎える頃、人は誰もが己が人生の有限を意識するようになる。

それが私の古稀であって、そこからが人生は秋を迎えることになるのだ。

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昔の人はそれを白い秋と呼んで、最強の虎(白虎)に準えた。

高松塚古墳の西の壁に描かれた白虎は、虎のごとく強く、世間を睥睨して生きる象徴でもある。

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それにしても酸いも辛いも熟知した人生の後半期を、白虎に例える感性に恐れ入る。

人生の後半期は冬ではなく、人生の収穫を謳歌する秋なのだ。

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