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2018年7月27日 (金)

ヒグラシとして

蝉の声が溢れる様に威勢良く、正に命の限りに鳴いている。

この蝉たちの声も、旧盆辺りからは勢いが弱まり、やがて秋の虫に代わっていく。

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地上での儚い命を思えば、私達はこの騒々しさを責めることはできないと思うのだ。

当然ながら北米や北欧には蝉は生息していなくって、彼らにはこの騒々しさは分からない。

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イソップ物語のアリとキリギリスは、最初はアリと蝉の話だったそうである。

鳴いて暮らしたキリギリスの声ってあまりイメージできないけど、蝉の声なら分かるよね。

蟻はこの暑いなかせっせと行列を作って働いているのに、蝉はただ鳴いているだけ。

私は子供の頃、「俺は絶対アリのタイプだな」って思ったことがある。

だけどアリも蝉も、アリはアリとして、蝉は蝉として生きて死んでいくだけである。

働かなくて良かったとか、鳴き暮らすのが拙かったって悔やむことだって、ありえない仕儀だ。

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アリはアリとして生まれ、蝉は蝉として生きたのに過ぎないのである。

実は今朝8時頃山に入ると、珍しく全山ヒグラシの声に満ち満ちていた。

あのカナカナって切ない声で、蝉の声は一切聞こえなかった。

台風12号の影響で気温が幾分低めで推移し、その気温がヒグラシの領域だったのだ。

流石に8kを折り返す頃になると気温が上がり、今度は代わって蝉の声に満ちていた。

彼らは、その鳴くことですら微妙な棲み分けをしているのである。

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翻っておしゃべりの苦手な私は、毎日コツコツと走りそして畑を耕している。

時に生きる目的は何ぞやなんて考えたりするけれど、それよりも蟻のコツコツ、蝉のひたすらに近い生き方をしている。

適温になると鳴きだすヒグラシには、もっと近いかもしれない。

人間も昆虫も、生きるってことに関してはさして変わらないんだろうと思う。

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