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2018年7月28日 (土)

ボトルに半分

山に向かう時には、いつもボトル一本のスペシャルウオーターを持っていく。

デキストリンとハチミツを溶かしたもので、汗をかいて疲れた体に染み込むような気がする。

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それをコース上の節目節目で一口二口飲むのだが、いつもケチケチで(どんなに暑くても)15k走り終わって二割くらい残るようにしている。

飲むものがなくなって、なお走らなきゃならない事態が嫌だからだ。

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水が半分になって、楽観的な人は「まだ半分残ってる‥」と思うが、悲観的な人は「もう半分しか・・」と考えるらしい。

この点私は悲観的でも楽観的でもなく、かなり計算高いのではないかと思っている。

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欲望に任せて一気飲みをするなんてことはなく、ボトル残った二割は帰りの車の中で味わって飲む。

当然ながらかなり脱水しているので、家に帰ってからたっぷりのスイカを食べるんだ。

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畑にはゴロゴロとスイカが転がっていて、これだって一夏食べる分は十分確保している。

つまり、結構貧乏で育ったから、「まあ良いさ、何とかなる」って気楽にゃ生きてないってことだ。

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借金も浪費も嫌いだし、恫喝や虚勢・驕りは人生の敵だと思っている。

ところで我が人生だが、ボトルに残っているのは二割くらいだろうか?

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いつもその美味をおいしく味わっている、あの分量に(多分)なっている。

そうして、これまで十分走り切ってきたと思うし、まだまだ走ることが出来る様な気もする。

なあ~に、残りの人生はしみじみと味わえば良いんであって、無駄に欲をかくことは無い。

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それにあれもこれも、未だ味わっていないんだから。

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