« 2018年7月 | トップページ

2018年8月15日 (水)

ブログの4,500日

先日、仲間との話の中で、フェースブック、ライン、ブログ、メールの違いが話題になった。
それぞれ一長一短、好き嫌いがある訳だが、ネット社会になって最初にメールが、そしてブログが爆発的に広まった。

Img_0080

メールは連絡手段だが、ブログは一種の自己主張と言うか、「自分を知ってもらいたい」と言う動機らしい。
そもそも人間ってやつは、自分について知ってもらいたいと言う気持ちを多かれ少なかれ持っている。

Img_0081

それが爆発的なブログの発信を生んだのである。
だけどブロガーが如何に熱心に書き込んだとしても、世間に人のことを知りたがる人は多くはない。

Img_0083

みい~んな基本的には自分本位で、人のことなんかにゃ(芸能人ででも無い限り)興味は無いんだ。
それで(そう言うことが分かってきて)最近では、ブログ熱も幾分下火の様子である。

Img_0086

ともあれ、私がこのブログを書き始めてから、速いものでもう4,500日余になる。
「お前は、自分を知ってほしかったのか?」と問われても、そんなつもりはなく、自分自身のために書いてきたような気がする。

Img_0089

この4500日の足跡を、どっかに記録しておきたいって感じかな。
それに毎日ブログを書くってことで、自分を前に押し出してきたっててこともある。

Img_0090

何時の間にかブログは私の生活の一部になっていて、こいつを書かないと安心して眠れないのである。

Img_0091

しかし、最近ではぼんやりと「いつまで、書き続けるのかなぁ~」とも思っている。
5,000日が目途だろうが、仮に止めるとしてもその代替を考えねばならないだろうなァ。

Img_0094

エッ「4,500日で、お前はどれだけ知られたか?」って、そんなことはどうでも良いんだよ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年8月14日 (火)

新城へ

朝早くから、新城の総合公園に出かけた。
よっぴーさんに誘って頂いて、豊橋のランナー達の企画(レッツ・トライ)に参加したのである。

Img_0134

新城総合公園の野球場とサッカー場をぐるりと囲む道があって、この1.3kmを周回するのである。
40名程がそれぞれのペースで走っていて、走る距離だって自分で調整する。

Img_0135

熱い日差しの中だから、街路樹のいろはもみじの木陰を求めながらのランである。
それは周回だから、ここまで来たんだって言うような達成感はないけれど、今日はこれだけ走ろうって言う自分なりの納得がある。

Img_0136

周回コース脇に設けられたエイド(私は4周毎に寄った)も、実に励みになった。
このトライは5:30~12;00となっているのだが、大抵の人は35週(フルマラソン)の距離を目安に走っていた。

Img_0137

だが遅れて参加した私は、20周(ハーフ)をもって終了とした。
で、その後は、近くにある本宮の湯にゆっくりと浸かって、今日の一日を過ごした。
本宮の湯はなかなかの施設で、特に胎内の湯(母親の胎内に浮かぶ胎児のように)が気に入った。

Img_0138

ところで、人は「先のことは分からない」って言うけれど、実は大抵のことは分かっている。
私にしたところが、ほとんど予定通りに日々を過ごしていて、そいつが変わるなんてことは殆ど無い。
ただ人によって大きな違いがあるのは、先々の予定を作っておくのかどうかである。

Img_0139

せいぜい数日先までしか考えない人と、来年、いや10年先を思いつつ行動する人との差である。
だいたい人間という物は、自分が望むような方向になっていく物のようである。
つまり、何事も望ま(計画し)なきゃ、絶対にそうはならないのである。

Img_0141

人間の一生なんざ、自分の設定した予定を確実にクリアへしていく事であって、それ以外の何物でも無い。
つまり、人間は案外自分の未来を予測できる動物なのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年8月13日 (月)

地割れ花火

一昨日のマラニックのもう一つの楽しみは、この地独特の地割れ花火を見ることだった。
マラニックの後の水浴を切り上げて、商店街に入るとそこは既に夏祭りの場で、いつもの閑散としたシャッター通りが一変していた。

Img_0113

町に出ていた若者達や、親類縁者が集まって来ているのである。

Img_0114

この北遠の佐久間の地は、かつて久根鉱山や佐久間ダム建設などがあって、かなり賑わったところである。
佐久間ダム建設は、日本の戦後復興の象徴ともされて、その壮大なダムは観光拠点ともなった。

Img_0115

しかしそれは一時のことでしかなく、以後は過疎化が続き、浜松市への合併と共に一層拍車がかかった。

Img_0116

戦後の灯でもあった佐久間ダムの発電量(35万KW)にしても、今日に至っては東海道新幹線ののぞみ40本を動かすに過ぎない。
時代はどんどん進んで、水力発電のウエイトは僅かな物になっているのだ。

Img_0119

林業の他に産業とて無いから、就業先を求めて人々が流失するのは自然の流れで、地域をどう維持できるのかが大きな課題になっている。

Img_0122

ともあれ、地割れ花火(夏祭り)の一時は、往事の佐久間を彷彿とさせる一時なのである。
花火は深く切れ込んだ天竜渓谷の底から打ち上げられ、人々は30mも上の堤防にござを敷いて見物する。

Img_0127

その堤防上には、切れ目無く人々の「美味しい~」などと歓声が響き渡っていた。

Img_0128

Sinsinさんはと言えば、その群れのあちこちに捕まって、地域の仲間同士の再会を喜び合っている。
私達もその一角をお借りして、何ともドラマチックな花火見物となったのである。

Img_0130

下から打ち上がる花火の音は、両側の山に大きく跳ね返って響き、花火は真上から降ってくる。

Img_0131

それは一万数千発打ち上げる名物花火ではないけれど、ずっしりと重量感のある花火だ。
それに20時を期して打ち上がる「地割れ」は、河原にセットされた仕掛けが次々と火花となって広がり、地底から吹き上がるような花火なのである。

Img_0132

「なる程、この花火はこの地に住む人々の叫び声じゃなかろうか」とそう思ってしまった。

Img_0133

花火を終わって待ちの通りに出ると、若衆が火を持って踊り、屋台が太鼓を大きく打ち鳴らす。
そこには正に、往事の佐久間の町が再現されていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月12日 (日)

敢えて暑さの中を

昨日は、シンシンさん企画の地割れ花火マラニックである。
集合場所の天竜・西鹿島駅に降りると、気温は既に34度、高湿度でムシムシする暑さである。

Img_0082

高齢者は外で運動しないようにと広報される中、心頭滅却すれば・・・と佐久間に向かって
走り始める。

Img_0084_3

天竜川橋を渡ると直ぐの所に二俣城跡があるのだが、早速寄り道することにして登城。

Img_0085

二俣城は家康の長男信康が信長に信玄との内通を疑われて切腹したことで知られるが、武田と織田の国境に位置していたことから、歴史上悲劇の場でも有った。
その天主跡に登り、先ずはこの先40kの道行きを決意したのであった。

Img_0087

気温が35度を超えると蝉も鳴くのを止めるそうだが、ホントに鳴いちゃいなかった。

Img_0088

実は仲間のSimoさんがエイドを買って出てくださって、その要所要所での給水が今回の救いとなった。
先ずは10k地点の花桃の里、ここでは梅ジュースやらをたっぷりと飲み込んで元気を出
す。

Img_0092

とは言え、昨日の体感する暑さは尋常ではなく、日陰を選んで走るのだが猛烈な脱水であ
る。

Img_0093

17k地点には五平餅を売る露天(金ちゃん)があって、ここでかき氷を頂くのが恒例である。
私はマンゴー+練乳とオレンジの二杯も食べて、幾分体を冷やしたつもりになった。

Img_0096_2

次は20k地点の秋葉ダムでは、Simoさんがパラソルを広げて待っている。

Img_0101

暑さとの闘いとなった今回のマラニックの楽しみは、給水ポイントでの安らぎであった。
この後は秋葉ダム湖の東岸を、延々と12k走らなければならない。

Img_0104

たかがダム湖と侮れないのがこの12kで、これを過ぎるとゴールまで残りはもう少しの気
分なれる。

 

Img_0106_2
西戸を過ぎて佐久間に入った頃には15時を回っていて、佐久間天竜駅近くの河原に到着したのは、スタートしてから7時間半後の18;30だった。
ここからがクールダウンの時間で、河原に降りて天竜川の水に入った。

Img_0109

ダム直下でかなり流れは速いのだが、暫しの水浴で随分と心地よくなったのである。
それに正に童心に返って、仲間たちとの水遊びとなったのである。

Img_0111

結果として、まっこと暑い中ではあったが、実に楽しい一日になった。 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年8月10日 (金)

一歩の積み重ね

先日の富士登山だが、誰もが僅かな一歩を繰り返しながら登っていく。
一歩などたかが知れた物で、一体何時になったら山頂に行き着く物かと思いつつ、幾つかの山小屋を目安に登っていく。

Img_0001

それが下山する段になると、よくぞまぁこれ程登ったのもかと驚くほどになっている。
一歩一歩の積み重ねが、思いの他の所にまで自らを押し上げていたのだ。

Img_0054

同様に私達の一日二十四時間だって、寝てる時間が1/3あるし、あっという間に過ぎていく。
一日で出来ることなんて、およそ些細なことしか出来ないことが多い。

Img_0056

それに私達が生きられるのはせいぜい三万日にすぎず、どうせ大したことは出来ないと思いがちだ。
でもさぁ~、毎日の少しずつの歩みが、思いの外遠くまで連れて行ってくれるのだ。

Img_0059

100kウルトラマラソンだって一歩の積み重ねの結果、十数時間で100kも先に行くことが出来る。
人と人との違いは、突然のひらめきなんかじゃなく、実はこの毎日の一歩の違いなんだ。

Img_0075

ローマも人も須く、一朝にして成らずと言うべきだろう。
殊にこれからの一歩を考えているのだが、これから先の一歩はより着実でなくっちゃ成らない。

Img_0076

そう・・・・もはや道を間違えている余裕はないのだから。
ところで昨日は地元の警察で会議があって、県警音楽隊の広報活動の一端を垣間見ることが出来た。

Img_0078

そう、日本の治安は世界の中でも秀一だが、それは経済もさることながら、明治以来の警察の活動に負うところが多大だろう。
治安が良いからこそ、海外からの観光客だって激増している。

Img_0079

それというのも防犯・防災・交通安全への市民の広範な理解があるからだと思う。
人生もこの社会も、小さな一歩から始まっている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2018年8月 9日 (木)

僕自身の人生

このうだる様な暑さにかまけて、どうもムダに過ごす時間が多くなっている。
山に行っても途中で引き返してしまうし、畑でも「もう・・暑いし」と引っ込んでしまう。

Img_0032

それで何をしているかというと、スイカを食べたり、扇風機を回して高校野球を見たりである。
それに畑の作物もぐったりしているし、この夏を謳歌しているのはオクラくらいのものである。

Img_0033

ところでこれまでの私の人生を振り返ったって、たぶんその七割くらいはムダに過ごしてきたんじゃなかろうか。
勉強だってそんなに集中してやらなかったし、遊びですら懸命にゃ遊ばなかった。

Img_0034

本も随分沢山読んできたけど、結果としてそのほとんどはどうでも良いような本だった。
だって、これはって本は実に少なくって、まぁ~読んで良かったのは二割くらいだろうな。

Img_0040

人生の大事業である結婚・家族づくりだって、ムダの連続だったような気もする。
人はいざ知らず、僕の人生を振り返ると、その殆どが無駄だったなぁ~とすら思う。

Img_0043

だけど本来人生なんて無駄で出来ているんであって、自分なりの物語が出来りゃ良いんだよね。
突然アリの話を持ち出すけど、あのハタラキアリだって実際に働いているのは二~三割で、残りのアリはうろうろしてるだけなんだって。

Img_0046

そのウロウロしているアリだけを集めて集団を作ると、やっぱりその二三割が働き出すんだって。
この世の中だって、特に政治の世界は右へ行ったり左に行ったり、無駄ばっかりだよね。

Img_0047

効率が肝心なら、専制独裁政治が一番効率的だが、どうも私達は無駄が好きらしい。
つまり世の中も人生も無駄で出来てるって訳で、考えてみるとその無駄の質が人生を決めてるんじゃないかって思う。

Img_0048

例えば学生の頃学んだ?あれこれは殆どは忘れちゃったけど、その無駄だって私の物語の一部なんだ。
そうして結局は、無駄をこうやって許容しながら生きてくって訳さ。

Img_0051

それもこれも、他の誰(女房・子供)でもない、ぼくの人生なのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 8日 (水)

リブート

かつて団塊の世代が定年を迎え、一斉に退職する2007年問題が取り沙汰されたことがある。
団塊の世代が三年間でおおよそ800万人退職するってんで、それを補うのが大変って訳だった。

Img_0015

あれから既に十年、定年延長やら再雇用、ようやく高齢化社会が当たり前になりつつある。
だが、その主人公の同輩諸氏は、2007年からを如何に過ごしてきたのだろうか。

Img_0019


いやいや過ごすどころか、首長や経営者、教育者として今なお活躍している人たちもいる。
だが大方は、私もそうであるように古希を迎えて、全ての公職を退き隠居の身分に甘んじている。

Img_0024

それにもかかわらず気力・体力共に未だ余力を残し、何だか世の中の仕来りを恨めしくさえ感じている。
いやさ、何も生活に困るって訳じゃないが、心のエネルギーを持て余しているのである。

Img_0025

毎日畑を耕したり、山に登ったり、仲間と走りに出かけたり、それは結構楽しく過ごしてはいるんだけど、それでもまだ何か出来るんじゃないかと感じている。
それで、自分の人生をリブートしたいって気持ちが沸き起こったりする訳だ。

Img_0026

まだまだ俺だって・・・・ってことを確かめてみたくなるのである。
ところでリブート(reboot)とは、コンピュータを再起動させるあの作業のことだ。

Img_0028

かつて私も猛烈社員の一人で、何時も(真冬でも)腕まくりしてガツガツ仕事をしていた。

Img_0029

そんな昔の気負いはもう無いけれど、過去の経験を生かしながら、もう少し何かやってみようかって気分である。

Img_0030

果たして、ポンコツのコンピュータが上手く再起動するのかどうかは別にして、何か出来ないかなぁ~って思案している。
団塊の世代の皆さん、まだまだ人生は終わっちゃいませんぞ。

Img_0031

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 7日 (火)

富士の裾野

富士山が独立峰ということもあるが、その裾野は駿河湾から甲州まで、広大に広がっている。
だからこそ日本一の高さ(3,776m)となるのだが、遠くから見た目に美しい富士は岩山だ。

Img_0002

当目に雪をいただいた富士は、何と麗しいと思うのに、登ってみれば冷えた溶岩がむき出しなのである。
だから大沢崩れなどの沢にも水はなく、降った水は地下に沈み込んで、川を発達させなかった。

Img_0004

NO2の北岳や穂高などの山々は沢伝いに登って行くのに、私達はあの裾広く広がった斜面を根気強く登る他無い。
「男子の境涯、寄せて芙蓉の第一峰にあり」と言ったのは、幕末の横井小楠だったか。

Img_0006

富士山頂を目指す多くの人々が、そんな気分を共有しているのだと思う。
ともあれ、直ぐそこに山頂が見えているからこそ、軽装でも目指す人が多いのである。

Img_0007

これを私達の人生山に置き換えたら、その山頂(何をやりたいのか)が見えているだろうか?
そしてその山頂は、自分の人生のテーマと言い換えても良いかも知れないが、

Img_0008

こいつを意識して生きるのと、無意識で生きてしまうのでは、人生は全く別物になる。
目指すべき所があれば自信を持って歩くことが出来るし、自分自身を見つめることも、孤独との闘いにだって耐えることが出来る。

Img_0009

富士山にはもう二十回ほど登っているが、何時だって楽になんか登れなかった。
高みに登れば登るほど予想外の困難と遭遇する訳で、やはり裾野が大事だと思う。

Img_0010

どんな少年・青年時代を送ったのか、如何ほどの試練を経てそこまで来たのかってことだ。
残念ながらこの期に及んでは、自分の人生の裾野を広げることはかなり難しくなっている。

Img_0012

それでも志しだいで、まだまだ高みを目指すことが出来ると(富士山に登る度に)思う。
要は、自分の人生を生ききることだと思う。

Img_0014

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 6日 (月)

富士山頂出迎隊

田子の浦の標高ゼロmから、3776mの富士山頂を往復する大会は、実に過酷な自分との闘いになる。
毎年300人余がこの自分との闘いに挑むのだが、私は65歳あたりで自分の限度を悟った(高山病で七合目から先が登れなくなって)。

Img_0003

それで今回は、標記の出迎えのために富士山に登ったのである。

Img_0011

孫二人を連れていたこともあって慎重を期し、途中八合目の山小屋泊まりである。

Img_0013

今回の山頂出迎隊はU野隊長以下11人だが、それぞれにノルマがある。

Img_0017

一人あたり4リットルの水と食料を背負うことで、300人近い参加者にコップ一杯の水でも大変な量になるのだ。

Img_0018

それぞれ防寒具を含め自分の装備にそれを加えて登るんだから、少しばかりの覚悟がいる。

Img_0027

孫の一人は七号目から動けなくなったし、U野隊長もかなり疲れている様子だった。

Img_0035

それでも何とか18時前に孫を八合目の山小屋に引き上げ、眠りにつくことが出来た。

Img_0036

翌日は1時起床、そのまま山頂を目指して、3時には出迎えのポジションで準備しなきゃならない。

Img_0037

気温七度にかなりの風があって、たちまち手が凍えてしまう。その中で湯を沸かしたり、記念写真を撮ったり、少しでも参加者の労をねぎらうのである。

Img_0038

何せ参加者にとってこの山頂はコースの折り返し点に過ぎないのであって、下山して炎暑の田子の浦までの炎暑が待っているのだから。

Img_0039

夜明け前のその薄暗い中を次々とランナーが、足取りも軽く登ってくる。

Img_0041

そう健脚者は、私でも信じられないくらい軽く、この57kを登ってきてしまう。

Img_0042

中には、富士山頂のお鉢を三回回って下山にしていった人があって、人間の限界に驚かされた。

Img_0045

ともあれ大部分のランナーは6~9時に山頂を折り返し、帰りのコースへと移っていった。

Img_0046

この間(7時間)が出迎え隊のノルマなのであって、最後のランナーを見送って下山に移った。

Img_0049

しかし下山途中には、まだ登って来るランナーが何人もいて、激励だけで別れる他無い。

Img_0055

寄る年波もあって、下山だって大変だったんだから・・・・。

Img_0057

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 5日 (日)

先ず、やってみる

歳を重ねると共に、とかく「おっくう」になる傾向があるようだ。
今更この歳になってとか、都合が・・・などと、理由を探してはやろうとしないのである。

Img_0063

私にもその傾向は無きにしもあらずだが、意識して行動を起こすように努めている。

Img_0064

自分のやりたいことは当然やるし、誘われたら余程の理由の無い限り断らないのだ。
それでも時々、大変だなぁ~って思うことがある。

Img_0065

楽しんでやっている毎朝のブドウ収穫だって、作業に取りかかるまでは「今日もか・・」と少し倦怠気味である。

Img_0066

それがいざ取りかかれば、夢中になって仕事が終わるまでは朝食にも行かないのである。
先ず、やってみることが如何に大切かを学んでいる訳で、人生すべからくしかりと思う。

Img_0067

ところで今日も35度に達しようかと言う猛暑だったが、午後は小笠山を愛する協議会の奉仕作業があって、小笠池周辺の遊歩道の整備(草刈り)に行ってきた。

Img_0068

この協議会は、小笠山に深く関わる団体で組織されていて、小笠山RCもその一員だ。
暑さと各団体の行事があったりして参加者は7名と少なかったが、それでも収穫はたっぷりあった。

Img_0069

小笠池周辺には小笠山の地層の最下部である土方泥層が露出していて、植生がここだけ異なっている。

Img_0070

イワタバコやシダの仲間、ミツデウラボシやイノデ、それにウワバミなどを学ぶことが出来た。
Img_0071
ハナミョーガなど日頃目にしていて、名前の分からなかった植物も、そうと知ると愛おしくさえ感じられる。Img_0072

それに、トンネルを潜ると、少し大きなコオモリが飛んでいて、いつもと違う小笠山なのであった。

今日の整備は、今月11日に予定されている「小笠山自然観察会」の下準備でもあって、和気藹々楽しく汗を流すことが出来た。

Img_0073

うぅ~ん、それにしても暑かったなぁ。

Img_0074

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年8月 4日 (土)

田子の浦

万葉歌人赤人の「田子の浦ゆ うちいれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪の降りける」は情景を表してあまりある名句かと思う。
その田子の浦港の白灯台近くに、赤人の句碑と共に田子の浦臨海公園が整備されている。

Img_0062

その白砂青松と富士山のコントラストが美しかったこの臨海も、高度経済成長期には製紙ヘドロが大きな問題となり、典型的な産業公害として当時の話題をさらった。

日本を代表する景観がヘドロの海に、そして今日、改めてこの地域の自然が見直されようとしている。

Img_0003

一つは幕末のロシア船ディアナ号の転覆の地がこの浜であったこと。
そしてもう一つが、「ゼロ+3776m」が再発見されていることだ。

Img_0058

海浜公園の一角には、3776cm(富士山の100分の1)のモニュメントが出来ている。

実は世界中探しても、その裾野の末端を海に沈め、すらりと3700m余も立ち上がっている名峰はないのだ。

Img_0054

それがSNSなどで知られるに至って、今では諸外国の田子の浦から富士山頂を目指すチャレンジャーが激増しているという。
3776mの達成感を求めて集まるのだが、ただしかし、これは半端なことでは為し得ない。

Img_0060

実はこの発想は、我がH田氏の企画・実行した富士山頂往復マラニック(ゼロ富士)に源がある(と思っている)。
十数年前に始まったこの企画は、田子の浦の(潮水をフィルムケースに詰めて)灯台をスタート、この潮水を富士山頂の標柱に捧げ、再び田子の浦に24時間以内に帰るものだ。

Img_0061

夜を徹して富士山に登り、三千メートル超の過酷な自然と岐路の熱暑は、決して安易な妥協を許す物ではない。
実は昨日・今日と、第16回目となるこの大会が開かれて、私も山頂で迎え隊の一員として参加したのである。

Img_0053

何度もこの大会に挑戦してきた私ではあるが、流石による年並み、夜を徹して田子の浦から走って富士に駆け上がると、

寝不足と過労で、必ず7合目以降が高山病で進めなくなってしまうようになった。

Img_0052

それで支援隊の一員として、孫二人を連れて参加と言うことになったのである。
さても次々と山を駆け上がってくる、あの躍動する脚力に改めて人間の美しさを感じた。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2018年8月 3日 (金)

活力の源泉

人を動かす活力の源って、何だろうかと考えている。
それは思うに、誰かに喜んでもらえるって動機もあるが、好奇心こそ原動力ではないか。

Img_0226

まだ知らないこと、まだ行ったことのない所、彼女はどんな人なのかなどと、未知の領域への関心である。

現実にこの私だって、これまでこの先に何があるのか、これは何でだろう?って歩いてきた。

Img_0223

この点今の子供たちはあんまり感動しないというか、「えぇ~、何でぇ?」と好奇な姿勢を見せない。
情報が溢れかえった時代に生まれ、TVやネットのバーチャルで全てが解決すると思っているのかも知れない。

Img_0221

だけど、人生を楽しくするのは実は好奇心だと思う。
そもそも人間をして今日の文明を築かせたのも、太古以来の私達の先祖の好奇心だ。

Img_0220

 

ところで、最近の私に関しての反省だが、その本領の好奇心が幾分鈍ってるんじゃないかと危惧している。
暑さのせいもあるが、どうも宿題を先延ばしする傾向にあるのだ。

Img_0211

ともあれ好奇心がなくなれば人生はその生きる意味を失うのだから、心しなければなるまい。
今日は、孫たちを連れての富士登山である。

Img_0210

勿論彼らにとっては初めての挑戦で、全てが好奇心の対象となるはずだ。
それで私の注目点は、森林限界に生えているカラマツであるImg_0221_2
八ヶ岳の山麓などに行くと、まっすぐに高く天を刺して伸びているあのカラマツだ。
そのカラマツが、森林限界ではまるで違う姿をみせて、うずくまっている。

Img_0209

ダケカンバ同様に、吹き飛ぶ砂礫や雪が幹や枝を直撃して、大きく成長できないのだ。
確かに過酷な環境ではあるが、彼ら(カラマツやダケカンバ)は必死に生きている。
その必死な姿とおのが好奇心を、孫たちに伝えル事が出来たらなぁ~と思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 2日 (木)

自分の時間

最近の私の時間は、ほとんど全て自分の裁量でどうにでもなる時間である。
終日寝ていようが、何処に出かけようが、にも(?文句は言われないと言うことである。

Img_0421


誠に結構な気もするが、そもそも時間という物は、その人のシチュエーションによって価値が違うのだ。

動物の心臓の鼓動を時間に換算すると分かりやすいが、人間は一分間にほぼ60回の鼓動をする。

人によって違うが一秒に一回が目安だ、これに対してハツカネズミは一分間に600回だ。

Img_0435


何ともせわしないが、これが馬なら二秒に一回の鼓動となって、どうやら動物の時間は、その体重の四分の一乗に比例するらしい。

つまりハツカネズミは人間の10倍の速さで生き、馬は2倍のスピードで生きてるって事だ。

ところで自由裁量となった自分の時間の価値について考えている。

Img_0436


「○×をやらなきゃならない」って事で連なっていた時代には、その時間の価値が目に見えたし、充実感もそれなりにあった。

しかし、自由な時間が有り余るようになると、どうもそれが希薄な時間に思われていけない。

心臓は同じように鼓動しているのだし、その時間の流れだって同じなのにである。

Img_0438


時間は緩慢に流れるし、ランニングのスピードだって、グッと遅くなっている。

これが「老」と言う物かと納得させようとするが、同じ鼓動を刻むのがもったいなく感じる。

哺乳類の生涯の鼓動は、ほぼ15億回と一定なのだそうである。

Img_0496


・・・とすると人間の寿命は50歳程度って事になって、それ以上は医療の発展による余録らしい。

どうやら私は余録の時間を生きていることになるが、道理で価値が稀薄になったな訳だ。

いやいやそんな罰当たりなことを言っちゃいけない、余録ならばこそ楽しまなくっちゃあ。

Img_0497






| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年8月 1日 (水)

人生の積み重ね

物憂い暑さと共に、何と言うこともなく一日が過ぎ去っていく。
それはこれまでだって同じだろうが、全ての職を辞してからは、特にそのことを意識させられている。

Img_0918

人生は一日一日の積み重ねだろうが、その積み重ねの部分が確かに薄くなっているのである。
時代(世間)の流れに参加しているという自分なりの感覚が、当然ながら薄くなっているのだ。

Img_0946

しかも70年分の甲羅を経てきたのだから、面の皮は元よりその感性すら鈍感になっているのも否めない。
確かに酸いも辛いも、スリルも歓喜も大概のことは経験してきたし、多少のことじゃ驚かなくもなっている。

Img_0554

その分生き易くなったのだが、毎日が新鮮かと言うと冒頭の言に集約されるのである。
無駄なことも含め随分多くのことを頭に詰め込んできたけど、その大半はどこかに消えちゃった。

Img_0553

そう・・・・懸命に(必死になってかな?)知識や情報を得ようと努力したことだってあった。
それも今は昔、そういう必死な気持ちと意欲を持ち得た時代があったという、その誇りだけが残っている。

Img_0551

しかし、人間幾つになったって現役、「成すこと無く一日が過ぎ去ってはならぬ」と思う。
そして問題は、これから何処に向かうかと言う大きな目標の喪失にあるのである。

Img_0506

ナビブ砂漠レース以降、その喪失感に覆われていた感があるが、少し覚醒しつつある。
唐突だが、ヘミングウェイが人が真の男になるためには、四つのことを成し遂げにゃならないと書いている。

Img_0505

四つの事とは、木を植える、闘牛をする、本を書く、そして息子をつくることだと言う。
木を植え闘牛をするってのが、家を作り生活を闘いとることだとすれば、私に残された課題は本(私小説)を書き上げることだけだ。

Img_0498

真の男が如何ほどの物か分からないが、当面そいつを目指してみようと思っている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2018年7月 | トップページ