« 人生の積み重ね | トップページ | 活力の源泉 »

2018年8月 2日 (木)

自分の時間

最近の私の時間は、ほとんど全て自分の裁量でどうにでもなる時間である。
終日寝ていようが、何処に出かけようが、にも(?文句は言われないと言うことである。

Img_0421


誠に結構な気もするが、そもそも時間という物は、その人のシチュエーションによって価値が違うのだ。

動物の心臓の鼓動を時間に換算すると分かりやすいが、人間は一分間にほぼ60回の鼓動をする。

人によって違うが一秒に一回が目安だ、これに対してハツカネズミは一分間に600回だ。

Img_0435


何ともせわしないが、これが馬なら二秒に一回の鼓動となって、どうやら動物の時間は、その体重の四分の一乗に比例するらしい。

つまりハツカネズミは人間の10倍の速さで生き、馬は2倍のスピードで生きてるって事だ。

ところで自由裁量となった自分の時間の価値について考えている。

Img_0436


「○×をやらなきゃならない」って事で連なっていた時代には、その時間の価値が目に見えたし、充実感もそれなりにあった。

しかし、自由な時間が有り余るようになると、どうもそれが希薄な時間に思われていけない。

心臓は同じように鼓動しているのだし、その時間の流れだって同じなのにである。

Img_0438


時間は緩慢に流れるし、ランニングのスピードだって、グッと遅くなっている。

これが「老」と言う物かと納得させようとするが、同じ鼓動を刻むのがもったいなく感じる。

哺乳類の生涯の鼓動は、ほぼ15億回と一定なのだそうである。

Img_0496


・・・とすると人間の寿命は50歳程度って事になって、それ以上は医療の発展による余録らしい。

どうやら私は余録の時間を生きていることになるが、道理で価値が稀薄になったな訳だ。

いやいやそんな罰当たりなことを言っちゃいけない、余録ならばこそ楽しまなくっちゃあ。

Img_0497






|

« 人生の積み重ね | トップページ | 活力の源泉 »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/67012777

この記事へのトラックバック一覧です: 自分の時間:

« 人生の積み重ね | トップページ | 活力の源泉 »