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2018年8月 6日 (月)

富士山頂出迎隊

田子の浦の標高ゼロmから、3776mの富士山頂を往復する大会は、実に過酷な自分との闘いになる。
毎年300人余がこの自分との闘いに挑むのだが、私は65歳あたりで自分の限度を悟った(高山病で七合目から先が登れなくなって)。

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それで今回は、標記の出迎えのために富士山に登ったのである。

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孫二人を連れていたこともあって慎重を期し、途中八合目の山小屋泊まりである。

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今回の山頂出迎隊はU野隊長以下11人だが、それぞれにノルマがある。

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一人あたり4リットルの水と食料を背負うことで、300人近い参加者にコップ一杯の水でも大変な量になるのだ。

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それぞれ防寒具を含め自分の装備にそれを加えて登るんだから、少しばかりの覚悟がいる。

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孫の一人は七号目から動けなくなったし、U野隊長もかなり疲れている様子だった。

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それでも何とか18時前に孫を八合目の山小屋に引き上げ、眠りにつくことが出来た。

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翌日は1時起床、そのまま山頂を目指して、3時には出迎えのポジションで準備しなきゃならない。

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気温七度にかなりの風があって、たちまち手が凍えてしまう。その中で湯を沸かしたり、記念写真を撮ったり、少しでも参加者の労をねぎらうのである。

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何せ参加者にとってこの山頂はコースの折り返し点に過ぎないのであって、下山して炎暑の田子の浦までの炎暑が待っているのだから。

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夜明け前のその薄暗い中を次々とランナーが、足取りも軽く登ってくる。

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そう健脚者は、私でも信じられないくらい軽く、この57kを登ってきてしまう。

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中には、富士山頂のお鉢を三回回って下山にしていった人があって、人間の限界に驚かされた。

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ともあれ大部分のランナーは6~9時に山頂を折り返し、帰りのコースへと移っていった。

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この間(7時間)が出迎え隊のノルマなのであって、最後のランナーを見送って下山に移った。

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しかし下山途中には、まだ登って来るランナーが何人もいて、激励だけで別れる他無い。

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寄る年波もあって、下山だって大変だったんだから・・・・。

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