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2018年8月24日 (金)

コキのその先

織田信長の生き様で小気味が良いのは、あの桶狭間の戦いに際して、謡曲「敦盛」の一節を謡い舞う場面だ。
「人間五十年、下天のうちをくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり。ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか。」

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その最後のくだりを三度謡って、田楽狭間に出撃していく、その信長の心中を思うのである。

そう・・・・信長の時代なら人生はたったの五十年だから、その短い命を太く短く生きるが良かろう。

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しかし世は長寿高齢化時代、あの時代に古稀なんていえば大変な長命だったはずだ。

私の子供の頃だって、還暦すら遠い彼方の未来だったし、況んや古稀など自分に縁があるとは思いもしなかった。

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だけど私までもが古稀を通り越したんだから、古稀なんて殊更珍しくもなんともなくなった。
 
それで定年を65歳にするって動きもあるが、しかしながら社会に出て精一杯活動できる期間は、せいぜい五十年程度ではないか。

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自分の古稀を迎えた時、そんな意味で「俺の人生も、終わったのかなぁ」と漠然と考えた。
平均寿命まで十年余、いやいや場合によっては、なおその先も生きなきゃならないかも知れない。

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だとすれば、このまま無為に過ごして良いものかどうか、・・ではどうすべきなのか?ってね。
つまり国の年金・医療財政の逼迫はもとより、個々人にとってもそれはやっかいな課題なのである。

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用事が無くなったら、それじゃ~アバヨってな訳にいかないのが人間。
おまけに私などは、気持ちだけはやたらに若いのであって、この十年を遊び暮らそうと考えているのだから。

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