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2018年9月10日 (月)

父の思い出

私は父が復員して生まれた長男で、まさに団塊の世代の申し子のようなものである。
父は復員と同時に、弟たちの面倒を見ながら、一家の大黒柱として働いていた。

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と言っても、僅かな田畑から得られる収入は限られたもので、その苦境から逃れようと、借金をして温室を建て、キュウリやトマトの栽培を始めた。
子供の頃の私の仕事は、冬はボイラー室の石炭を準備することだったし、学校から帰るとキューリを大きさ順に仕分けることだった。

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そして両親の夜なべ仕事は、私の積み上げたキューリを一本ずつオブラート紙に巻いて木箱に詰めることだった。
当時の農家の長男なんてものは、金槌で出荷箱を作ったり、スガイをなったり、炊事をしたりが当たり前で、その分両親の苦労を知りながら育ったものだ。

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私もそんな具合で、親父の背中をヒヤヒヤしながら(親父が倒れりゃ、俺しかいない)育った。

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親父は病気がちだったし、村の土木作業で大きな怪我もして、その時は一人小学生の私が付き添っていた。
そんな親父が、晩年は議員となって町の議長まで務め、幾ばくかの足跡を残して去った。

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町の老人会長をしていたが、幾ばくかの認知が出て程なく、13年前にみよの国に旅立ったのだ。
親父の強さや柔さ、更にはその生き様を第三者(子供)の目で見ていたのが、私だと思っている。

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後代に何を伝え得るかは人生最大の難題だが、父は私にそれを余すところなく伝え残したのだと思う。

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思えば父の時代は波瀾万丈で、戦中前後の混乱の中で父母を早くに亡くして、必死で生きることがその人生だった。
親孝行など為ずじまいに父は逝ってしまったが、私はそれなりに精一杯時代を生きた父を尊敬している。

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その父にして我ありと思うところもあって、その私も父の亡くなった年齢に刻一刻と近づいている。
人間の一生などさしたることも無いのだが、それでも自分の足跡を父との対比で見るようになっている。

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そう・・・、私は父ほどの影響力を、我が子供達に残し得ていないのである。

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コメント

兄貴のお父様は、復員後に男独り家を守る為に働いて来られたですね。
カッコいいですね。
兄貴は、バイタリティある男らしいお父様に育てられたのですね。

私の父親も戦前に母親を、助ける為に奉公に!
そんな父親にも赤紙が来て、内地演習を終えて、とうとう外地に出る為の検査の際に不衛生な折に足に大きなオデキが有り、検査通らずに帰宅したそうな。
前日村人に旗を振って貰い出征したばかり、翌日の帰宅でした。
そんな話を聞いた時、父に言いました。
良かったね〜。って
父は、言いました、とてもとても恥ずかしかったよ。
みんなの視線が怖かったらしい。
でも父の母親は、何よりも喜んでくれた。って
父は、とても親思いの孝行の人でした。
戦後、無一文から闇市で、物を買い20年の11月には、地域の鍛冶屋を始めた、前向きな父親でした。
いつも夢を語る父にの話に、育てられた私も、父を尊敬し父の大好きな仕事を愛してます。

私の父が私の仕事振りを見てよく言いました。
ひろ!たまには自分を褒めなさい!って!
どんな意味?何を言いたかったのか?わかりますか?
素直に褒めてくれたら良かったのにね。笑笑

投稿: ひろ | 2018年9月12日 (水) 20時42分

 親父ってのは、男の子にとっては競争相手だし、その背中を乗り越えてこそ自立出来るのかも知れない。
 自分を褒めろってのは、その親父にすれば最大の褒め言葉じゃなかったか。お前は、俺より頑張ってるぞってね。私は、ずうぅ~っと、親父の背中は遠くから眺めるものだと思っていました。やっとまともに親父を認識では田のは、就職してから後だったと思います。そのくらい、親父の背中は遠くにあった。
 なあぁ~に、親子なんて似たようなもんでね。今になって、親父はこんなこと考えていたんだなぁ~って思ったりします。
 ひろさん、あなたは良い両親に恵まれていましたね。羨ましいくらいにね。
                  山草人

投稿: 山草人 | 2018年9月13日 (木) 17時16分

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