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2018年9月 1日 (土)

何不自由なく

長いこと(近頃じゃ長くもないか?)生きていると、色々なことを思うものらしい。
殊に自分の来し方と現在をどう総括し、如何なるものだったとして纏め上げるのかである。

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人生をやり直せるのなら別だが、今更過去のあれこれを弄っても何の益もないのは承知だ。

自分のこれまでを振り返ってみると、人生の肝心なところに必ず女神がいたような気がする。

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いやさそれは幸運の女神で、必ずと言って良い程、彼女は私をラッキーな方向に導いてくれた。
元来が決して豊かではない百姓の小倅として生まれ、あのオシンとかなり似た育ち方をした。

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終戦直後のことだから、日本全国何処でも似たようなものだったが、長男の私は小学校を卒業するまでは我が家の貴重な労働力だった。
そいつが物心付いて大学に行き、ヒトカドの人生を歩んでこられたのは、一重に時代のお陰である。

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この国の経済が高度に成長してそれに歩調を合わせて生きることが出来たと言うことだ。
激烈な競争社会に身を置いたことは確かだが、何れもそれを乗り切って、細やかだがそれなりの出世も出来た。

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第二の人生(地域貢献や第二の職場)も何とかこなして、70を境に一切を退いての現在だ。
何も悔やむことはないし、それはそれ、精一杯やったと自負してもいる。

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ただしかし、お前はこの人生で何をし得たのかと問われると、暫したたずんでしまう。
自分に甘いかも知れないが、あれもこれもやったじゃないかと思う一方で、何一つ決定的なことが無いとも考えてしまう。

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著名人の伝記ではないが、何事かを成し遂げる人というものは、心のどこかに強烈な欠乏感を宿しているという
政治家や経営者を含め、幼い頃の苦労が、やがて大きな仕事に結びつくのだ。

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つまり、それなりにぬくぬくと幸せに育った人は、特段の執念を持ちにくいと言うのである。
この私も両親の愛を十分に受けて育ったし、不自由は一杯有ったけど、それでも恵まれていた。

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この程度の人生か・・・と考えもするが、この程度で良かったのかも知れない。

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