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2018年10月26日 (金)

無駄で結構

かつて学校の帰りも一目散に家に向かい、、家の手伝いに専心し、道草なんてしようとも思わなかった。
長じては一心不乱に働いて、世のため人の為、仕事をさぼろうなんて考えたことも無かった。

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家庭では奥様を奉り、親孝行をし、子供のために品行方正に努めてきた(???)。
それが、かつての私であったと思いたい。

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しかるに定年退職してからの私は、まるで別人であるかのように、無駄なことばかりしている。
走ったり、旅行に行ったり、つまらない本を読んだり、時にはうたた寝をしていたり、はたまた山に登ったりと、正に黄昏流星群の一個体である。

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とにかく畑仕事意外の生産的(目的的)な活動をしていない訳で、無駄を省けと言われたら、真っ先に消去されてしまう。

あの民主党政権時代の事業仕分けでもされたりしたら、多分生き残ることは無理だろう。

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いやさ我が家でだって安心できない訳で、無駄無駄と言われながら、何とかやっとのことで命脈を保っている次第だ。

だけど、何の役にも立たない鼠を捕らなくなったネコを始めとして、世の中にゃ無駄なものが五万とある。

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否、畑の雑草を始めとして、競馬・競輪・パチンコ、国会に政党などと無駄な物で満ちあふれているじゃないか。
人は一生懸命に勉強して、良い会社に入ってお金を貯めて、親孝行してと教えられてきた。

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それをみいぃ~んなやったとして、さてその先はどんな目的に向かって生きりゃ良いのかしら?
人は死ぬまで生きなきゃならない訳で、その生きるために様々な努力をしてきたのだが、その生存とは何のためだったのだろう。

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繁殖なのだとしたら、この近世の少子化は説明もできなくなってしまう。
つまり、生存にはそれ以上の目的があるって訳じゃないって事だ。

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而して我が我田引水、無駄なこと、それで結構ではないかとなるのだ。(分かってください、山の神様)



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