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2018年10月11日 (木)

淋しい人

台風の季節もやっと過ぎ去って、空には鰯雲が寂しげに浮かんでいる。
その鰯雲を見上げながら、「今日会ったのは、老母と老妻だけだな!」とフッと思った。

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いやさ厳密には、立哨で100人近くの子供達の顔は見ているのだが、実感としての話だ。
だから寂しいってんじゃなく、そもそも人は誰も淋しいのだと思っている。

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寂しいからこそあくせくと立ち回るし、独りぼっちにならないために涙ぐましい努力だってするんだ。
漱石の「こころ」の先生は、「私は淋しい人間ですが、ことによると貴方も淋しい人間じゃないですか」と語りかけるが、それがじわりと心にしみてくる。

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その漱石自身孤独な人で「我一人 行く野の末や 秋の空」なんて句も残している。
それに吾猫にだって「呑気と見える人々にも、心の底を叩いてみると、どこかで悲しい音がする。」って言ってるしね。

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況んやこのシガナイ古稀の男が「やっぱ、一人なんだなぁ~」と思ったとしても不思議ではあるまい。
「空に一片 秋の雲行く 見る一人」(漱石)・・・何だか、人生の秋が思われてならない。

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かと言って、この秋を癒やす術とて無く、人は誰だってジッと耐えて行くのである。
こんな時、昔は郭という所があって、その帯を解いて男の孤独を癒やしたのだろう。

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ついでに下世話な話だが、花柳界には様々な隠語があって、昆布巻きは黒の江戸褄に金地の帯でいたすこと。

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お座敷着のまま帯を解かずに、サッと裾を広げるのが孔雀とか。
身ぐるみ脱いでいたすときは「夏みかん」・・・むきながら唾が出てくるからだそうな。

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柄にも無く脱線したが、世の中には孤独を癒やすための装置がいっぱいあったのである。
而して今日、人々の淋しさを癒やすのは、あの退屈なワイドショーなのである。

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コメント

誰でも1人で生まれ一人で死んでいく
生きるのだって一人だな!って思う寂しさ有りますね。
だからでしょうか?威張ってり人居ます。
怒りっで何かの役に立ち怒りで寂しさを繕えたら良いですね。
寂しい時辛い時は、死んだ父母思い出すと元気出ます。
私は寂しく無いって思う。
馬鹿なくらい元気で居られると思う。
側に2人がいつも居ます

投稿: ひろ | 2018年10月12日 (金) 20時01分

 そう、何時もはつらつのひろさんですよね。人間は、決して一人じゃ無い。面々と生きてきた祖先の、その先に私達は居るんですから。
 私も特段淋しいって訳でもないのですが、でもほら、秋の日の ビオロンの・・・少しは秋の日の感傷に耽ってみたいじゃないですか。日一日と日長が短くなって、やがてあの寒い冬が来る。もうソレを思うだけで、淋しさがこみ上げてくる。
 私達はそうやって、年々歳々、春夏秋冬の情感を慈しんできたのだと思います。
                山草人

投稿: 山草人 | 2018年10月13日 (土) 14時41分

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