« 浅間山の秋 | トップページ | 山は絵の様に »

2018年10月15日 (月)

遙か彼方の

私達の祖先は、遙か昔にアフリカを旅立って、この地球の隅々に75億5千万人にまで広がった。
未だ見ぬ地、未だ知らぬもの、未知の人との出会い、そんな遙か彼方に夢を持ち続けてきた結果だ。

Img_0765

実は植物にも同じような性質があって、大抵の植物(ナス科等で顕著)には厭地性がある。
同じ土壌で育つことを嫌って、新天地に移してやるとすくすくと育つのである。

Img_0767

  
そして古稀を過ぎた私も、遙か遠くへ、近くだとしても知らない所へ行ってみたいと、今も希求している。
山に登りたいとか、遠隔地でのマラソン大会への挑戦なども、そんな希求心の結果なのである。

Img_0768_2

昨日の浅間山でも、幾つもの驚きや感動があったし、「遙か彼方」は私の永遠のテーマだ。
その一方で、(人間にも厭地性と土着性があって)どうしても近回りがおろそかになる。

Img_0769

西洋に「従僕にとって、英雄はない」の諺があるらしいが、余りに身近すぎてしまうのだ。
所詮人間だから、一長一短、時には痘痕も靨だろうし、全能の人間なんていない。

Img_0770

そもそも、私達には身近な人を敬ったりしないと言う性癖があるのではないか。
夫婦もべったりで暮らしていると緊張感が無くなって、相手の良い所が見えなくなっちゃう。

Img_0771

教師だって教壇に立つ時と日常生活では、別人格でなければ指導力を損なうことになる。
毎日見ている近回りの景色は陳腐でしか無いが、初めて触れる荒野には感動してしまう。

Img_0772

ことほど左様に、親子や夫婦、友人関係にしても、余りに近づき過ぎると幻滅が多くなる。
兎も角人間関係には、程ほどの距離感(親しき仲にも礼儀あり)が必要なのである。

Img_0773

話題が幾分拡散したが、これからの私のテーマは、やはり未知の世界を彷徨うことである。
山にも、走りにも、本の世界にしても、未だ見ぬ世界を旅してみたいと思っている。

Img_0774

|

« 浅間山の秋 | トップページ | 山は絵の様に »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/172740/67277256

この記事へのトラックバック一覧です: 遙か彼方の:

« 浅間山の秋 | トップページ | 山は絵の様に »