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2018年10月23日 (火)

足もと

かつてのサラリーマン時代は、一足きりの(通勤ライナーとか言う)靴を履いて、それがすり切れて水漏れすると履き替えていた。
ワイシャツやネクタイ、それに背広は着替えても、靴は一足きりで、毎日酷使したんだからさぞかし疲れただろうと思う。

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生来の貧乏性に加えて、正直言って靴にまで気が回らなかったのである。
昔から脚下照顧なる言葉があって、くたびれた履き物を履いていると「足もとを見られる」と言われた。

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例えば旅先の旅館で、下足番のおじさんが、手に取った靴で客の評定をし、部屋だってそれなりの案内をするというのである。

ともあれ30年近く安物の靴で過ごしたが、しがないサラリーマンだったから、足もともへったくれもなかったのである。

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しかし歳と共に管理職になって、如何せんこの靴ではまずいと、大枚叩いて立派な靴を買った。

靴は立派だが、重くて暫くは閉口したが、そのうちにどっしりとしたその靴が誇らしく思えるようになった。

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いやさそれ程でも無いが、靴を見られても恥ずかしくなくなったのである。
それに、その重々しい靴のお陰て身が引き締まるというか、身のこなしまでに貫禄が出た。

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やがて定年退職し、忘れられたそのイカツイ靴には、可哀想にカビが生えている。
昨今の私の足もとは、もっぱらランニングシューズで、重い靴の出番がないのである。

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この期に及んで足もとを見られるなんてことも無く気ままなものだが、むしろ靴には金を掛けている。
月に450k近く走っているから、当然ながら靴の消耗も激しく、安物の靴では足腰へのダメージがある。

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それで、かなりの頻度で靴を新調することになる。
その新調した靴を履いて走るレースじゃ、「今度こそ・・」と意気込んで臨むのである。
私の足もとも随分軽くなったものだが、軽ければ軽いほど快くなっていくんだから嬉しい。

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