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2018年11月 2日 (金)

平成の30年

この平成という元号も、残すところ5ヶ月を切ってしまった。
昭和に生まれ育った私にとっての平成は、何だかタイムマシーンで突然平成に現れたような、少し違和感を感じながらの時代だった。

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それと言うのも、平成二年八月のあのバブル崩壊が大きく関係している。
あの時から時代の雰囲気は一変し、やがて失われた二十年と呼ばれる世の中に突入する。

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大量の不良債権を抱えた銀行、地価の留めも無い下落、価格破壊が流行語になり、一気にデフレ経済へと入っていった。
その時代の変わり目に、働き盛りの40才で遭遇し、当然ながら私の身のこなしも変わった。

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それまでの仕事一辺倒の猛烈から、自然に自分の生き様に目を向けるようになっていた。
自分の人生を変えようと思ったのもあの頃で、走ること、書くこと、会うこと、作ることを始めた。

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その四つの事は今日まで継続していて、今日の私を構成する重要なエレメントになっている。
(そんな事は有り得ないが)バブル崩壊がしなかったら、有頂天で生きていたかも知れない。

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バブルは弾けるべくしてはじけたのだが、この30年間は時代の成熟と言うことを教えてくれた。
消費性向でアレ、個々人の生活スタイルであれ、しっかりと堅実になったのである。
この間の30年間が、私にとって実はとっても大切な時期だったなぁ~って、思い返している。

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仕事の面でも(ドラマのような日々だった)さることながら、リタイアしてからも次々と新たな世界に身を置いた。
そう・・・最も変化に富んだ、振り返ってみれば面白い30年だったのである。

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そうして私も70の峠を越え、最後の新時代を迎えようとしている。
昭和・平成・???を生きることになりそうだが、ハテ私にとって如何なる時代が待っているのか楽しみである。

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コメント

戦後昭和の好景気に私は生まれ育ちました。
それも成人する頃には、低迷気味になり金利が下がり出し
その後に土地バブルが起きた。
大小蓄えた投資家や金融機関が起こしたバブルだ。
銀行が土地売り歩いてた。
我が家にも何人もの銀行マンが土地を売りに来てた。
そんな時期に私の職人としての腕は磨かれた。
弾けたバブルで私は病気になった。
心の病気に…自分の心のコントロールを失った
でも兄貴が鍛えられた様に私も立ち直れた。
もうあんな好景気はやって来ないだろう。
私の病も無いだろう。

ただこの二日間は、佳江さんの事ばかり考えてる。
涙もでるが、どうしたらいいやら!
今夜、通夜で坊主が無情だと言ってた。
こんな日に説教なんか要るもんか!
無念!って言うんだ!今夜は!
釈迦の大往生と訳ちゃうわ!
私は釈迦のファンだけど。
今夜の通夜の坊主が、お釈迦様なら絶対に、無念と言うだろう!

投稿: ひろ | 2018年11月 2日 (金) 22時32分

 無念な気持ちは佳江さんも、私達も同じだよね。無念だけど、彼女は死んじまった。だから彼女の分、私達が気張って生きる他無いんだ。
 そう、思うしか無いな。ひろさん、有り難う。
                 山草人

投稿: 山草人 | 2018年11月 3日 (土) 20時06分

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